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 十一月二十七日、東京・総評会館で、11・27国際労働者シンポジウム東京集会「『反資本主義』への挑戦━━フランス反資本主義新党(NPA)を招いて」が開催され、百七十人が参加した。宮城、福島、群馬、愛知、静岡などの仲間も参加したように、フランスNPAへの関心の高さが示された。

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 シンポジウムの前に、「一九六八年五月から二〇一〇年年金改悪反対闘争まで」のビデオが上映された。LCRからNPAに発展していったフランス革命的左翼の運動がよく分かる内容であった。開会のあいさつを呼びかけ人の高英男さんが行い、司会を国富建治さん(新時代社)と生田あいさん(コモンズ政策研究機構)が務めた。国富さんは「日本の政治危機は進み、資本主義システムも行き詰っているのに、左翼は有効に対処できず危機に陥っている。左翼の再生のためにNPAから学んでいきたい」と述べた。生田さんは「どうすれば新しい左翼の再生ができるか悩んでいた時に、NPAの結成を知り、大きく励まされた。潮流を超えて今回のシンポジウムが開催されたことに希望がある。現場に根ざし、青年が参加するようなこれからの新資本主義左翼になっていくように願っている」
と語った。

 湯川順夫さんがNPA形成の背景について説明した。

 「一九六八年五月の闘いによって、社共の左に急進的左翼が大衆的基盤を持った。一九七三・七四年に資本の攻勢が起こり転換点を迎えた。八〇年代は困難な攻防戦だった。共産党系のCGTは後退し、社会党系のCFDTは右傾化して民営化を認め、左派組合員を排除した。新自由主義の攻勢がますます強まった。九〇年代、自分たちで闘わなければならないと自立した新しい社会運動が始まった。電信・電話、郵便、鉄道、病院などで独立左派組合SUDが作られた。反失業運動AC!が数万人の全国行進を行った。移民の闘いも起こった。一九九五年に公務員の全国ストが起こり、闘えば新自由主義を阻止できると自信を獲得した。さらに、反グローバリゼーションの世界的運動の中心を担っていった」。

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"インターナショナル・ビューポイント" IV Online magazine : IV429 - October 2010

仏年金スト――空前の運動は終わりはしない
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article1938

サンドラ・デマルク

 フランスではさる五月以降、年金法案反対の動員が情勢の際立った特徴になっている。大結集の日々が相次ぎ、年金改悪反対の運動は発展し、深く根づき続けている。それはこの傑出した運動が単に年金改悪のみならず、より広範に、反社会的で、レイシスト的で、権威主義的なサルコジの政策全体を大衆的に拒否していることの証である。それは、危機によって若者の間でも賃金取得者の間でも不正が浮き彫りとなり、蓄積されてきたためでもある。

 
▲トゥールーズ10月12日

デモが繰り返し行われているにもかかわらず、しぼんでしまうどころか、とりわけ三百五十万人が街頭に出た十月十二日と十九日の例に見られるように、記録を更新しているのはそのためである。結集はますます戦闘的でラディカルになっている。民間部門の動員は高レベルであり、今や青年(現段階では基本的に高校生)も動員の列に入ってきた。若者たちが、かれらの見つけられる職が短期的なものであり、この改悪によって健康なうちに手に入る年金全額所得が危ういものにされてしまうことを理解したためである。

 状況は少しずつ変化してきた。多くの人びと、それもきわめて多くの人びとが、勝利は可能であり、サルコジを打倒できると考えている。動員の現段階ですでに政府は世論の闘いに敗北した。世論調査では七〇%がこの動員を支持し、年金改悪に反対している。現在、労働者、非正規雇用労働者、若者たちの多数が、年金問題とは政府が数カ月にわたって信じ込ませようとしてきたような人口統計上の問題ではなく、財政問題でもないことを知っている。

 ストライキは少しずつ状況の一角に姿を現してきた。ストライキとデモのたびごとに、ためらいがちの日々の行動では政府を打ち負かすには不十分であるということが、きわめて多くのセクターの人びとにとってますます明白になっていった。実際、現在のストライキ行動は、長期ストへの賛成票が六一%に達するここ数週間に見られるように、すべての行動部門で十分に討議されてきたわけではなかった。

まさしく問題は労働組合連合の指導部にある。かれらは下部からの闘争継続の圧力を受けているが、ゼネストの呼びかけを回避することを確認している。この運動の開始以来、ストライキとデモの支えとなる労働組合の団結が勝ち取られてきたことは疑いない。しかし労働組合間の調整では、政府との大きな社会的対決は呼びかけられず、もはや法案の撤回は要求されていない。その代わりに新たな交渉と修正が提案されている。

 しかし経済の中心部門は、長期ストの開始あるいは拡大を決定した。たとえば鉄道労働者、EDF(欧州開発基金)センター、精油所がそうである。精油所のストは一九六八年五月以来なかったことである。十月十四日以来、十三の精油所で現在のストライキ行動に入り、サービスステーションと貯蔵所への石油の配備、供給を完全に止めた。ストライキは大規模なものであり、実質上の全員一致を更新し続けている。

 今回の運動はあらゆる所で動きだしており、毎日のように新たなイニシアティブ、封鎖行動(料金所、道路、空港、工業地帯など)や地域デモが、統一的かつ職業間の垣根を超えた形で行われている。動員に参加したさまざまな部門の大衆集会が毎日行われており、最初は小さなものであったが、今ではますます重要なものになっている。しかし、民間部門のように公共部門でもあちこちで多くのストライキが起こることになれば、現在の行動はなおあまりにも分散的で少数の現象であり、全国スト日のスト参加率は高いとはいえそれほど異例なものではない、ということにも留意すべきである。

 ここ数日、とりわけ十月十九日のストとデモ以来。きわめて突出したダイナミックな部隊として若者たちが動員に全面的に参加し、多くの高校が封鎖されている。そこには以前の動員では見られなかった決意と政治化が存在している。かれらは操作されていると言われるたびごとに、またかれらのデモの権利に異議が唱えられるたびごとに。かれらの決意は広がっている。大学での動員は少しずつ始まっている。今後、高校の休暇を前にして、それは大きな課題となる。


▲シェルブール10月22日(NPA制作"carrefour des luttes"闘いの交差点)

 こうした状況に直面した右派、経営者、政府そしてサルコジは、この不当な改悪を守る決意を依然として固めている。サルコジは力の試し合いをしようとしている。力の行使が特徴となっている。それは精油労働者のストや高校生への警察の介入、議会での強硬戦術、最も穏健な労組指導部とさえもあらゆる討論を拒否していることに示されている。かれらの決意は理解できる。この改悪はかれらにとっては、危機のツケをあくまでもそれに責任のない者に支払わせるというかれらの緊縮政策の核心だからである。この改悪に成功すれば、金融市場を活性化させることになるだろう。しかしそれだけではなく、フランスにおいて力関係を変革し、富の配分を金持ちに有利に変えることになる。それはまた、かつての闘争の遺産である「社会的・財政的」負担を取り除き、最も抵抗する部門を屈服させるチャンスでもある。

サルコジにとって中心的要素とは、大統領選挙に先立って自らの陣営を結集することでもある。しかし彼はなお勝利にはほど遠く、抵抗を打ち破ったり沈黙させたりしてはいない。

 今回の動員の広がりは、政府を打倒する可能性を示すものである。それゆえ、この闘争における社会的・政治的左翼の全面的団結が緊急課題なのである。NPA(フランス反資本主義新党)がわが勢力の再結集、そしてとりわけコペルニクス協会とATTACが主導する全国コレクティフ(集団・グループ)を通じた再結集を可能にする、すべての統一的・政治的イニシアティブにコミットしている意味はここにある。

「六十歳年金と法案撤回」のスローガンによる統一は、とりわけ社会党との関係での基本ならびに行動戦略における一定の相違を隠すものではない。社会党は六十歳での年金支給を支持しているが、右派の議員とともに年金受給資格年数を41.5年に延長することに賛成した。それは事実上、六十歳年金受給の考え方を破壊するものだ。

また動員の拡大に直面する中で、われわれは2012年の大統領選挙を準備している。左翼の左派、とりわけジャンルク・メルションの左翼党との分岐が存在するのは、行動の戦略に関わっている。左翼党は当面の戦略として国民投票を主張している。それは社会的な力の試し合いがこれからだという時に、動員を街頭から制度的レベルに移行させるものである!

 NPAは動員の開始以来、闘争を組織し、政治的目的と要求――それは法案の撤回、そして現在では疑いなく法案の廃棄と、社会的危機の責任者すなわちサルコジとウェルスの辞任――を軸にした統一を追求する党として登場した。われわれはまた、危機を撃つ緊急の社会的・政治的プランを通じた反資本主義的展望を発展させている。

 今後が決定的である。法案は通るだろうが、それは動員を沈黙させたり、止めさせたりはしない。なぜなら今日街頭に出たりストライキをしている人びとにとって、この政府には正統性がないからである。われわれはこの国で施行された法が撤廃できることも知っている。それはすでに2006年の初期雇用契約(CPE)で起きたことなのである。


(「インターナショナルビューポイント」10年10月号)

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6月7日に投票が行われた欧州議会選挙は、フランスでは経済危機に際しての金持ち優遇政策・労働者への一方的な負担の押しつけに対する1月29日と3月19日の二度にわたるゼネストによる労働者の反撃が巻き起こる情勢下での大規模選挙となり、「サルコジvs労働者」の力関係がどのように反映されるか注目された。

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▲NPA選挙ポスター「有効な反撃を!」

結果は、サルコジ与党のUMP(国民運動連合)が27%の得票で29議席を獲得して第一党となり、この結果を受けてマスメディアは「サルコジ政権は信任された」などと吹聴している。しかし、サルコジは信任などされていない!今回の選挙の投票率は、わずか41%であり、サルコジUMPに投票したのは全有権者の十人に一人にすぎない。また、今回の選挙の得票で"UMPと中道、極右"の得票と"社会党と緑の党、「左の左」"の得票を比較すれば、39%対43%の割合で、保守・極右は負けているのである。

2007年大統領選挙の敗北以降、党内抗争の深化と分裂、そして何よりサルコジに対抗しうる政策・方針を何一つ打ち出せず、このかんの労働者階級の闘いに最後尾でついていくことしかなしえていない社会党は凋落傾向をさらに深めて、16%14議席という結果に終わった。


▲NPA選挙キャンペーンのビデオクリップ

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▲HOANG KHOA KHOI (Robert): 1917-2009

ベトナム古参トロツキストの死
ホアン・コア・コイ(1917~2009)の思い出http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article1652

    ジャンミシェル・クリビンヌ

 私たちの親愛な同志ホアン・コア・コイは4月9日、92歳で亡くなった。彼の家族、友人は彼への追悼のために一週間後にペール・ラシェーズ墓地(訳注:パリ市内の広大な墓地。パリコミューン戦士、レジスタンス戦士、エルネスト・マンデルらの墓もある)の前に集まった。

 彼は生存しているベトナム人トロツキストの中で最高齢だった。彼は、戦争の前線に送られた労働者の代わりとして植民地政府が徴発した二万人のONS(非専門職労働者)とともに、1939年にフランスにやってきた。

 1042年、彼は「共産主義宣伝」を理由にソルクの刑務所に三カ月半投獄された。しかし彼が第四インターナショナルに加盟したのはその後のことだった。彼は出獄して、若いベトナム人ダン・ヴァン・ロンに出会った。ダン・ヴァン・ロンは軍陣地の指揮官に請願を行ったとして罪に問われていた。それ以後長きにわたって、彼はホアン・コア・コイの最良の友となり、四年後彼も第四インターに加盟した。

 1945年以後コイは活動に参加し、国際主義共産党(PCI、当時の第四インターナショナル・フランス支部)の指導部となり、幾人かの同胞とともに最初はPCIのメンバーとして、後にPCIの後継組織であるLCRのメンバーとして、「在仏ベトナム人トロツキストグループ」を設立した。彼もその一人である二人のベトナム人同志が、1957年12月に開催された第四インターナショナル第五回世界大会で執行委員に選出された。

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いまから138年前の今日5月28日は、パリ・コミューン最後のバリケードが陥落した日だ。ほんの少し、バリケードに倒れた人々を偲び、その意義を振り返ってみたい。

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▲パリに築かれたバリケード

◎平和と労働!

パリ・コミューンは1871年3月26日の選挙を経て3月28日に設立された。その翌日、最長老議員のシャルル・ベレーはこう述べた。「平和と労働!これがわれわれの未来である。これがわれわれの復讐の保障であり、われわれの社会的復活の保障である!」1871年5月28日は、パリ・コミューン最後のバリケード、ランポンノー通りが陥落した日であり、第一インターナショナルメンバーとして、パリ・コミューン議員に選出され、最後の最後までバリケード戦を指揮したウジェーヌ・ヴァルランがヴェルサイユ軍に逮捕され銃殺された日としてプロレタリアートの歴史に記憶されている。

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以下、反資本主義新党(NPA)の「結成原則」を掲載する。この文書は、NPAの掲げる「エコロジー」と「フェミニズム」を柱とした「21世紀の社会主義」の、言わば「過渡的マニフェスト」である。

リアルに学び、理解し、この「反資本主義」の潮流を日本における社会運動・階級闘争にどのようにアプローチしていくのか、という観点から論議していこう。

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結成大会で採択

 この結成原則は、賛成540、反対1、棄権49、投票不参加5で採択された。


▲4月にパレスチナを訪問したブザンスノー

 この文書は、われわれが結集して自分たちの党を結成する基礎をなす不可欠な基本原理を定めたものである。それは、強さと弱さ、表現形式の不完全さを伴った、委員会内での討論を経て提案された数百の修正案を出発点とする広範な集団的な文案作成作業の結果であり、われわれがともに参加したプロセスを豊かなものにした活気あふれる民主主義がそのまま表現されている。

 これは、完全で詳細な綱領でも、「マニフェスト」でもなくて、われわれが訣別したいと考えている今日の社会に対する根底的な批判、われわれが望む社会の原則を提起する批判的検討、その社会に到達するための戦略について、われわれの基準となるものをまとめたものである。これらの原則は、次のようなわれわれの政治的身分証明証である。資本主義のグローバル化された危機に対する唯一の解答、人類の未来がかかっている闘い、それは、民主主義とエコロジーとフェミニズムの、21世紀の社会主義を目指す闘いである。  

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4月3日から4日にかけてフランスのストラスブールで開催された北大西洋条約機構(NATO)に対する抗議・会場包囲アクションが2日から4日まで連日現地で取り組まれた。G20金融サミットにおいて、連日の抗議の嵐の洗礼を受けたオバマやサルコジたちは、移動先のストラスブールにおいても、抗議の「熱烈不歓迎」の嵐を受けることになった。

 
▲NPAの仲間たちもフランス各地から現地に大結集した

今回のNATO首脳会議は、ブッシュ時代の単独行動主義によって亀裂と不和が生じた米欧の軍事的協力関係を修復し、さらにNATO軍事同盟を拡大強化する目論見を持って開催された。そして、フランスがNATO体制に復帰し、新たにアルバニアとクロアチアが加盟し、NATO体制はさらに拡大強化されることになった。

イラク戦争に「反対」の意を示し、独自の立場を示してきたフランスやドイツなどの諸国は、オバマの公約より大幅に延長された「イラクからの完全撤退時期」や後退した占領のための駐留人員削減プランを支持している。また、「(イラク侵攻は)フセイン独裁政権を排除した」と自画自賛するオバマに抗議もせず、アメリカにイラク民衆への謝罪も賠償も求めないままに、「新たなパートナーシップ」を謳うという欺まん的な姿勢をあらためてあらわにするした。

この「新たなパートナーシップ」とは、イラク同様に多くの民間人を虐殺し、劣化ウラン弾などの残虐兵器を使用しながら、国連のコンセンサスのもとでコソボやユーゴで起こした「人権のため」などと称した戦争を支持・推進したクリントン政権時代の関係に戻るというものでしかない。会議は、主に「アフガンでの占領の継続と各国派兵部隊の維持・増派」について話し合われ、イギリスは500人以上、ベルギーは150人など各国が兵員増派と継続を表明した。また、ソマリア「海賊」対策についても話し合われ、日本の「貢献」を称賛した上で、NATO加盟国の一致した対策を検討課題とするとしている。

このことは、新自由主義グローバリゼーションのもたらしてきた貧困拡大や大国の横暴を不問にしたまま、「ならず者国家」や「テロリスト」「海賊」に対しては軍事力によって叩き潰すことで、多国籍企業の安定した活動を保障しようとするものでしかなく、ブッシュ政権時代とさほどの違いもないものだ。

このような、NATO首脳会議に対して、2日から4日まで連日の抗議行動が行われた。フランスの警察当局は、2万人以上の機動隊を配備したが、会場の周囲はデモ隊で埋め尽くされて抗議の怒号と催涙弾の臭いの立ち込める会議となった。

また、反資本主義新党(NPA)は、反G20アクションに続いて、この反NATO包囲アクションにおいても、大動員で結集し「フランスのNATO復帰反対」「アフガン増派反対・仏駐留部隊の即時撤退」を訴え、機動隊の暴力に対して非暴力直接行動で対峙した。オリヴィエ・ブザンスノーは常に隊列の先頭にあり続け、仲間たちを鼓舞した。


 

今回の反NATOアクションは、ロンドンでのG20金融サミット反対アクションに引き続くヨーロッパにおける「闘争の一週間」として貫徹され、IMFによる世界金融支配と結びついたグローバルな軍事同盟に対する「帝国へのレジスタンス」のさらなる拡大を印象付けるものとなった。

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3月19日、フランスでは1月29日のゼネストに続いて、サルコジ政府の金持ち・大企業優遇の「経済危機対策」に反対して最低賃金の引き上げ、富裕層への課税強化、教育など公共部門の民営化・雇用縮小計画反対を要求する、第二波のゼネストを決行した。

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スト参加者は前回の250万人を上回る300万人(警察発表で100万人)に達し、フランス全土200ヶ所でデモ行進が行われた。このデモ行進には、学生・高校生も大挙して参加した。どの産業部門においても、スト参加率は上昇し、世論調査では市民のスト支持率は80%という記録的な数字をマークした。

フィヨン首相は、ゼネストの夜に「新たな景気浮揚策の用意はない。世界的な危機に対して、ストもデモも何も解決しない」などと語った。しかし、スト参加者数やデモ参加者数を極端に低く見積もることで有名なフランス政府・警察当局が「参加者数100万人」と認めたときは、ストあるいは巨大デモが成功したことを認めた「証」であり、政府が後退を開始したというメルクマールであるという。なにより「ストを無力化し撲滅する」を豪語し公約に掲げてきたサルコジ政権の「スト参加事前届けの義務化」などの「スト無力化策」こそが無力化したのだ。


▲ニュース映像(M6)

3月20日に発表された反資本主義新党(NPA)のオリビエ・ブザンスノーは声明で「ゼネストを一日にとどめるわけにはいかない」と政府の挑発は労働者のさらなる闘いを引き起こすとして、「長期ゼネストの実現による要求貫徹」を呼びかけている。

4月、5月のフランス労働者のさらなる闘いの広がりに注目しよう。そして、それらの大衆闘争の爆発と蓄積は、確実に2012年の大統領選における「反資本主義大統領」の誕生を準備することになるだろう。

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オリビエ・ブザンスノーの声明-「3.19」を一日にとどめるわけにはいかない
http://www.npa2009.org/content/d%C3%A9claration-dolivier-besancenot-le-19-mars-ne-peut-rester-sans-lendemain

3月19日の木曜ゼネストは、「1.29ゼネスト」より、さらに重要な成功を収めた。

その夜、フランソワ・フィヨン首相は、300万人のデモ参加者に名誉を与えるために派遣されたようなものだ。彼は「危機の責任をとるために」と称した数十億フランの正しい使い道を知っているストライキ参加者とデモ参加者の要求を満たせば、雇用や賃金のために金庫は空になるなどとしている。

このゼネストの成功とそのような政府の挑発は、3月30日に予定されている労組の新たな会合を前に、何らのメリットももたらさないだろう。

コンチネンタル社(訳注-世界大手のタイヤ工場の閉鎖・人員削減)、グッドイヤー社(訳注-世界大手のタイヤ工場の閉鎖・人員削減)、FULMEN社(訳注-主に車用のバッテリーを生産する大手企業の人員削減)においても、あるいは、教育、健康、郵便局、公共サービスの各部門・諸課題においても、闘争を維持することこそが勝利につながる。その勝利は、社会の隅々において、組合において、政治的左翼が給与所得者の全般的な動員を示すことでもたらされるだろう。

24時間のストライキとデモでは、政府と雇用者を挫折させるのには、まだ十分ではない。賃金を上げ、レイオフを禁止し、物価を下げるには、長期ゼネストとその成功が我々の要求を貫徹させるだろう。

2009年3月20日

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週刊『かけはし』3月23日号からLCR(革命的共産主義者同盟、第四インターナショナル・フランス支部)からNPA(反資本主義新党)へと発展解消した報告記事を掲載します。以下は、冒頭の「解題」と掲載予定論文です。ご期待ください。(『かけはし』編集部)

 2009年2月初旬、LCR(革命的共産主義者同盟、第四インターナショナル・フランス支部)は、全国大会を開き、LCRを発展解消し、NPA(反資本主義新党)に結集するとの決議を採択した。その翌日から開催されたNPAの結成大会は、大衆的な革命党を目指してNPAの結成を確認した。ここに、LCRは、1968年5月以降の40年以上にわたるその歴史に終止符を打った。本号では、『ルージュ』紙最終号(LCRのこの全国紙もLCRとともに、その歴史的使命を終えることになった)にもとづいて、このLCRの最後の大会とNPA結成大会について報告する。

 
▲一月から続くゼネストで沸き立つ「海外県」グアドループに支援に駆けつけたブザンスノー(2月20日)
 
 今後、LCRの3200名の党員は、すでに9000名以上の党員が結集しつつあるNPAに合流して闘うことになった。社会党と共産党の伝統的左翼の左に位置する全国的で大衆的な反資本主義的政治潮流の結成のための新たな段階が、ここに始まった。

 新党NPAは、単なるLCRの同心円的拡大ではない。それは、ベルリンの壁の崩壊、新自由主義的グローバリゼーションの全面的展開、9・11、地球規模の環境危機、金融危機の端を発した資本主義世界体制の根本的危機、という新しい時代、新しい局面の中で、従来の歴史的な政治的分化を超えた新しい大衆的な反資本主義政党の結成を目指すものである。

 にもかかわらず、この新党を準備する上で、LCRが決定的な役割を果たしたということもまた否定し得ない事実であり、LCRの同志たちがこの新党の中で今後もきわめて重要な役割を果たし続けることも明らかである。LCRは、1968年5月以降、伝統的な左翼である社会党と共産党の左に位置する党派の全国的主流派として、政府による二度の組織解散の弾圧にも屈せず一貫して闘い抜いてきた。68年5月をJCR(革命的共産主義青年同盟)として闘ったひとつの世代の活動家「チーム」が、LCRの中枢を担い、それ以降も一貫して闘い抜き、1975年から1995年の最も困難なトンネルの時期を潜り抜け、困難の中で、日本新左翼の内ゲバ主義に代表されるようなセクト主義にけっして陥ることなく、右翼=資本主義政党に抗して全国的大衆運動の利害を防衛し、労働者運動の統一を目指し、社会党と共産党の左に位置する大衆的な全国左派潮流の形成のために首尾一貫して闘い続けてきた。その闘いのひとつの歴史的結晶がNPAなのである。

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1月29日に250万人が参加したゼネスト闘争によって予定より一週間遅らせて2月5日から8日にかけてフランスの労働者街であるサンデニで開催された革命的共産主義者同盟(LCR-第四インターナショナル・フランス支部)の解散総会と反資本主義新党(NPA)の結成総会に招待され出席した韓国の社会主義労働者党準備会メンバーであるアンジョファンさんが、韓国の社会運動情報サイトであるチャムセサンに、詳細なレポートを寄稿している。

社会主義労働者党準備会は、フランスのNPA結成の動き同様に「反新自由主義」と「反資本主義」を一致点とした社会主義革命派左翼の新政党をめざすものであり、現在、労働者階級の力、労働解放実践連帯、社会主義労働者連合などのグループが討論に参加している。

【関連記事】
『Newsweek』日本版最新2月11日号でフランス「反資本主義新党」特集(09.02.05)
【フランス】新しい反資本主義政党の建設に向けて(08.11.24)
韓国"チャムセサン"がフランス"反資本主義新党"結成の取り組みを紹介 (08.11.12)
【フランス】LCRが大会を開催-「反資本主義」を結集軸とした大衆政党建設の道へ(08.02.20)
【フランス】緑の党が「トロツキスト政党排除の統一戦線」を提案(07.08.29)
【フランス】サルコジ与党が過半数を獲得 - 「サルコジ改革」との攻防へ(07.06.20)

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フランス、革命的左派の新たな実験

                  LCR解散とNPA創立

アンジョフン(社会主義労働者党準備会) / 2009年02月11日10時18分
http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&id=45394&page=1&category1=38

2009年2月5日から8日まで、フランス・パリ郊外サンデニ・ユーロサイトのコンベンションセンターで、革命的共産主義者同盟(LCR)の解散総会と反資本主義新党(NPA)の創立総会が開かれた。これは、1968年5月闘争の成果として建設されたLCRが40余年の歴史を閉鎖する場であり、NPAの建設を通じて、資本主義社会を乗り越えるための政治的/文化的/世代的展開の新しいテストを開始する席となった。

 ▲ LCRのNPAへの移行は、量的、内容的に拡大を実現した

▲ NPA創立総会に参加した代表団

LCRのNPAへの移行と左派の政治運動の地殻変動はフランスで、また、世界の左派陣営の関心を集めている。韓国でも、今回のLCR解散総会とNPA創立総会において、社会主義労働者党の準備会議と進歩新党が招待を受けて参加しており、そのほかに、21世紀コリア研究所などが参加した。

LCRの歴史的解散: 2つの傾向と2つの動き

2月5日午前10時から行われたLCR解散総会は450人余りの代議員と100人余りの海外の代表団が参加した中で行われた。総会には、 2つの案( A案とB案)が提出されて並列討議の形で、午前と午後に渡って熱い討論が続いた。

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