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週刊『かけはし』3月23日号からLCR(革命的共産主義者同盟、第四インターナショナル・フランス支部)からNPA(反資本主義新党)へと発展解消した報告記事を掲載します。以下は、冒頭の「解題」と掲載予定論文です。ご期待ください。(『かけはし』編集部)

 2009年2月初旬、LCR(革命的共産主義者同盟、第四インターナショナル・フランス支部)は、全国大会を開き、LCRを発展解消し、NPA(反資本主義新党)に結集するとの決議を採択した。その翌日から開催されたNPAの結成大会は、大衆的な革命党を目指してNPAの結成を確認した。ここに、LCRは、1968年5月以降の40年以上にわたるその歴史に終止符を打った。本号では、『ルージュ』紙最終号(LCRのこの全国紙もLCRとともに、その歴史的使命を終えることになった)にもとづいて、このLCRの最後の大会とNPA結成大会について報告する。

 
▲一月から続くゼネストで沸き立つ「海外県」グアドループに支援に駆けつけたブザンスノー(2月20日)
 
 今後、LCRの3200名の党員は、すでに9000名以上の党員が結集しつつあるNPAに合流して闘うことになった。社会党と共産党の伝統的左翼の左に位置する全国的で大衆的な反資本主義的政治潮流の結成のための新たな段階が、ここに始まった。

 新党NPAは、単なるLCRの同心円的拡大ではない。それは、ベルリンの壁の崩壊、新自由主義的グローバリゼーションの全面的展開、9・11、地球規模の環境危機、金融危機の端を発した資本主義世界体制の根本的危機、という新しい時代、新しい局面の中で、従来の歴史的な政治的分化を超えた新しい大衆的な反資本主義政党の結成を目指すものである。

 にもかかわらず、この新党を準備する上で、LCRが決定的な役割を果たしたということもまた否定し得ない事実であり、LCRの同志たちがこの新党の中で今後もきわめて重要な役割を果たし続けることも明らかである。LCRは、1968年5月以降、伝統的な左翼である社会党と共産党の左に位置する党派の全国的主流派として、政府による二度の組織解散の弾圧にも屈せず一貫して闘い抜いてきた。68年5月をJCR(革命的共産主義青年同盟)として闘ったひとつの世代の活動家「チーム」が、LCRの中枢を担い、それ以降も一貫して闘い抜き、1975年から1995年の最も困難なトンネルの時期を潜り抜け、困難の中で、日本新左翼の内ゲバ主義に代表されるようなセクト主義にけっして陥ることなく、右翼=資本主義政党に抗して全国的大衆運動の利害を防衛し、労働者運動の統一を目指し、社会党と共産党の左に位置する大衆的な全国左派潮流の形成のために首尾一貫して闘い続けてきた。その闘いのひとつの歴史的結晶がNPAなのである。

 
▲グアドループの労働者にスピーチするブザンスノー(2月20日)

 長い困難なトンネルの時期を経て、1995年にフランスの社会運動に転機が訪れた。
 この年、新自由主義の攻勢に何らなすすべもなく後退し続ける伝統的な政党と労働組合に代わって、人々は自らの新しい社会運動組織を形成し、社会の連帯を自らの手で再組織し始めたのである。労働組合運動におけるSUD系組合の誕生をはじめとして、失業者の運動(AC!)、ホームレスの運動(DAL)、フランス農民連盟などのさまざまな社会運動の結成とその急速な発展が始まった。

 社会運動の「再生」をはっきりと示したものこそ1995年の公共部門のストライキ闘争であった。最初の本格的な新自由主義的改革の導入を目論んだジュペ計画は、労働者と社会の運動の連帯の力によって挫折させられた。ここに人びとは、新自由主義がけっして永遠の真理で抵抗しえないものなどではなく、社会の連帯による闘いによって打ち破ることが可能であると初めて実感するに至ったのである。

 この闘いで明らかになったもうひとつの重要な事実は、新自由主義路線に屈服する社会党やCFDTの指導部が闘いに反対したにもかかわらず、闘いが打ち抜かれ勝利したということである。言い換えれば、ここからすでに社会運動レベルでは、新自由主義に反対する急進的な流れが、社会党やCFDTの伝統的流れを圧倒するという新たな力関係が成立ししたのである。

 しかし、社会運動=大衆運動のレベルでのこの新しい力関係は、政治レベルでの革命派潮流と社会党、共産党の伝統的左翼の流れとの間の力関係とはイコールではない。前者と後者の間には巨大な壁が存在する。それ以降、この政治的壁を突破する困難な闘いが始まった。

 この闘いの中で、大きな結節点をなすのが、2005年の欧州憲法条約の国民投票をめぐるキャンペーンであった。新自由主義の精神に貫かれたこの憲法条約に、社会党や緑の党の指導部の多数派も賛成していたので、当初はこの国民投票ではすんなりと賛成派が圧勝するとみなされていた。ところが、新自由主義に反対する左派勢力のキャンペーンが次第に人々の支持を獲得し、最後には社会党や緑の党の支持者の過半数も反対に回り、この憲法条約は否決されたのである。社会運動レベルでの力関係が、この時点からついに政治レベルにも徐々に浸透し始めたのである。

 国民投票のキャンペーンに参加した人々は、国民投票の勝利を受けて、社会党の左に位置する統一大統領候補を2007年に擁立する全国運動を形成した。統一候補擁立のこの試みは、最終段階での共産党の脱落とセクト主義によって挫折したが、実際の大統領選挙戦では、社会党指導部から政治的に独立した全国政治潮流を形成するという闘いを引き継いだLCRの大統領候補、ブザンスノーが「旋風」を巻き起こした。ブザンスノーの得票は、「労働者の闘争派」などの他の急進派潮流を圧倒的に引き離しただけでなく、共産党の二倍であり、共産党との力関係も急激に変わろうとしていることを示したのであった。以上のような闘いを引き継ぐ形でNPA結成の闘いが目指されたのである。

 このようにして結成されたNPAは、結成時点で9000人、470支部であったが、今日の資本主義体制の深刻きわまりない危機の中でその党員は増え続け、一万人に達しつつあると言われている。こうしたNPAの前進は、オリビエ・ブザンスノーの世論調査における人気と分かち難く結びついている。最近の世論調査でも、サルコジに対抗する候補者では、ブザンスノーが、社会党や共産党をはるかに抜いて5ヵ月連続、第一位であり続けており、23%の人々がブザンスノーを支持すると回答している。

 もちろん、われわれはこの数字に過大な幻想を抱いているわけではない。ブルジョア議会制度は、選挙が近づくにつれて有権者は「有効」票を投じるべきだ、「よりましな悪」に投票する方が現実的だなどと誘導するがゆえに、このような高い支持率(これはブザンスノーの発言を聞いた人々の率直な実感を反映しているのだが)が選挙の場でそのまま実現されるわけではないからである。

 しかし、ブザンスノーとNPAの主張が今日、社会党を揺るがすような大きな反響を得ていることは事実である。それは、この主張が資本主義の重大な体制的危機の中で打たれた一月末の大規模なストライキに立ち上がった人々の気分を代弁しているからである。ブザンスノー旋風、それは、この危機の中で政治に目覚めた若い世代の息吹きを代弁しているからであり、右翼、左翼を問わずENA(国立行政学院)出身のエリートのプロの政治家が幅をきかせている既存の政治の中にあって、現場の若き郵便労働者のブザンスノーが新鮮な政治勢力の代表として登場しているからでであり、政治運動と社会運動とが両立し得ること、長年、動かなかった右翼と社会党の政治に大きな風穴を開ける存在となっているためである。

 NPAの反資本主義とは何を意味するのだろうか。この場合、左翼の政治勢力の再編と言っても、言葉の上でただ左翼を自称している勢力を無原則に結集するというものではないことは自明であろう。新自由主義に屈服し、民営化に賛成する勢力とは、NPAははっきりと一線を画している。さまざまな具体的な闘いの課題において、社会党との統一戦線、共闘は絶対に必要であり、これからもそれは追求され続けるであろう。しかし、この新党は、いかなる意味でも、地方自治体政府や政府レベルでの社会党との連立を拒否している。

 この点において、この党は、共産党や社会党左派(左翼党など)や緑の党と根本的に立場を異にする。しかし、新党は、新自由主義に反対するだけでなく、資本主義体制そのものにも手をつけようとするものである。それは、資本主義の「行きすぎ」や「逸脱」を「緩和」したり、「手直し」しようとするものではない。今日の危機は、
体制そのものの危機であるからである。それは、所有関係の根本的な変革を、世界の私有化に反対して人類の共有資産の擁護を、私的利益に立つ計算に反対して社会の連帯を、差別に対して平等を実現して社会を根本的に変革しようとするのである。

 NPAの最初のテストは、来るべき欧州議会選挙である。それは、この選挙戦の中で、社会党や左翼戦線(共産党と左翼党のブロック)と競い合いながら、この党こそがサルコジと対決する真の左翼勢力であることを示そうとするするであろう。


掲載予定論文
●「第四インターナショナルとの関係を明確にすること」フランソワ・サバド/『ルー
ジュ』(2286号、2009年2月12日) 

●「闘いは続く LCR第一八回大会─解散大会」フランソワ・クスタル

●「LCR 1969-2009かつて『リーグ』(同盟)があった」フランソワ・クスタル/『ルージュ』(2009年2月12日、2286号)

●「反資本主義新党が結成された 反資本主義の希望」ピエール・フランソワ・グロン/『ルージュ』(2286号、2009年2月12日)

●「NPA結成大会 2009年2月6、7、8日」フランソワ・クスタル

●「二十一世紀の社会主義を目指して 結成原則」フレデリック・ボラス

●「規約 民主的な党のために」ピエール・フランソワ・グロン

●「一般政治決議 活動へ」ミリアム・マルタン

●「明確な持続的統一に賛成! 欧州議会選挙」サンドラ・デマルク

●「インターナショナリズム すべての国から」フランソワ・サバド


▲アラン・クリヴィンヌ大統領選出馬記者会見(1969年)


▲ファシスト集会を実力で粉砕(1973年)

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