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6月7日に投票が行われた欧州議会選挙は、フランスでは経済危機に際しての金持ち優遇政策・労働者への一方的な負担の押しつけに対する1月29日と3月19日の二度にわたるゼネストによる労働者の反撃が巻き起こる情勢下での大規模選挙となり、「サルコジvs労働者」の力関係がどのように反映されるか注目された。

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▲NPA選挙ポスター「有効な反撃を!」

結果は、サルコジ与党のUMP(国民運動連合)が27%の得票で29議席を獲得して第一党となり、この結果を受けてマスメディアは「サルコジ政権は信任された」などと吹聴している。しかし、サルコジは信任などされていない!今回の選挙の投票率は、わずか41%であり、サルコジUMPに投票したのは全有権者の十人に一人にすぎない。また、今回の選挙の得票で"UMPと中道、極右"の得票と"社会党と緑の党、「左の左」"の得票を比較すれば、39%対43%の割合で、保守・極右は負けているのである。

2007年大統領選挙の敗北以降、党内抗争の深化と分裂、そして何よりサルコジに対抗しうる政策・方針を何一つ打ち出せず、このかんの労働者階級の闘いに最後尾でついていくことしかなしえていない社会党は凋落傾向をさらに深めて、16%14議席という結果に終わった。


▲NPA選挙キャンペーンのビデオクリップ

今回の選挙の最大のトピックは、緑の党が「68年五月革命のヒーロー」と言われるダニエル・コーン=ベンディットと、農民活動家で反WTO・反GMO(遺伝子組み換え)の代表的活動家の一人であるジョゼ・ボヴェを迎えて結成された選挙ブロック"ヨーロッパ・エコロジー-Europe Ecologie"が、社会党とほぼ同等の16%14議席を獲得して躍進したことだろう。

緑の党は、90年代のジョスパン政権に参加して、NATO軍のユーゴ軍事介入を支持し、フランス国家の核武装や原発推進政策を事実上容認してきた経過から長期低迷を余儀なくされてきたが、「ラディカルな農民闘士」ジョゼ・ボヴェを迎え入れることでそのイメージの刷新に成功した部分が大きいことは間違いない。それは当然、地球温暖化に代表される環境破壊への危機意識や、とりわけ昨年7月のトリカスタン原発で4回にわたっての放射能漏れとウラン溶液3万リットルが河川に流出、作業員ら100人以上が被曝するという惨事の記憶も影響しているだろう。

しかし、緑の党(とコーン=ベンディット)は前述のように、核武装と原発乱立政策を容認し、NATOのユーゴ侵攻を容認した経過をなんら自己批判しているわけではない。また、2007年大統領選において「左の左」の統一候補擁立に「民営化政策=新自由主義反対」という一致点を求めた旧LCRに対して「新自由主義反対の原理主義者」という悪罵を投げつけ、結局統一候補擁立を挫折させることに一役買っている。

ボヴェもまた、「統一候補擁立」の議論から早々と降りながら、自らを一方的に「左派の統一候補」と名乗って立候補して、LCRのオリヴィエ・ブザンスノーに選挙戦から降りることを要求するという「セクト的態度」を取ったのだった。そして、その要求がLCRから蹴られた結果、得票率1%強という惨敗に終わった責任を「左派のだらしなさ」に押し付けて、自らのパートナーに反資本主義左翼ではなく「帝国主義グリーン」を選択したということだ。

旧LCR時代に、反WTOや反GMO、反戦闘争の重要な共闘のパートナーだったボヴェの言わば「右転落」は残念なことであり、また、共同行動-統一戦線の形成にもっとも熱心だったLCR-反資本主義新党(NPA)が、「反新自由主義-反NATO」という原則をあいまいにした統一戦線を拒否したゆえに、もっとも孤立するという皮肉な状況になっている。

【参考】
・ヨーロッパ緑の党はいまでも反戦勢力だと言えるのか(かけはし2001.8.6号)
http://www.jrcl.net/framek861.html

・緑の党が「トロツキスト政党排除の統一戦線」を提案(虹とモンスーン2007,8,29)
http://solidarity.blog.shinobi.jp/Entry/78/

結成後、初の全国選挙となったNPAは、「ブザンスノー人気が全体の支持に結びつかない」と言われてきたなかで、その人気と期待度の真価が問われるものとなった。

NPAは七つの全選挙区すべてに候補者を擁立して、"Ripostez Utile!"(有効な反撃を!)をメインスローガンに、「ヨーロッパの至る所で、彼らの危機の代償を払うことを拒否しよう!)と、「雇用の危機」「賃金の危機」「年金や社会福祉の危機」「環境危機」への怒りを叩きつける投票行動を、と訴える選挙闘争を展開した。

結果は当選ラインの5%にわずかに及ばない4.98%の得票で、惜しくも当選者ゼロに終わった。この結果をどう見るか。

一つは、LCR時代の2007年下院選挙では、500人の候補を擁立して、4~5%の得票を得たのは、六つの選挙区にすぎなかったのが、今回の選挙では7候補者中5人が5%超をマークした。総得票数でも、59%という高棄権率のなかで2007年の約53万票から84万票に伸ばしている。

一方では、高い棄権率に加えて、2002年と2007年大統領選における「ブザンスノー・ブーム」が、今回は「ボヴェのヨーロッパ・エコロジー」に巻き起こった結果、この水準に留まったと言えるだろう。ちなみに社会党から離脱した左翼党、フランス共産党、NPAの少数派グループ"ユニテリアン左翼-Gauche unitaire"(クリスチャン・ピケの率いる言わば「統一戦線に高いハードルを設けるべきではない」とするような傾向のグループ。2007年大統領選ではブザンスノーではなくボヴェを推している。"ユニテリアン左翼"としては、この選挙のために形成された)の選挙ブロックである左翼戦線は、5,99 %で5議席獲得。高齢のルペンの「跡目争い」で内紛が続き、やはり凋落傾向にある極右の国民戦線が6,41%で3議席獲得という結果だった。

結局、組織力の差が如実に現れた選挙結果であり、NPA結成によって組織が拡大され強化された分、票は上積みされたが、「ブーム」頼みではなく労働者階級と地域に根を下ろしたさらなる組織拡大と党建設が問われている、ということだろう。その意味では良くも悪くも現在の実力相応の結果であり、NPAの今後の課題を浮き彫りにした選挙闘争となったと言えるだろう。しかし、結党からわずか四ヶ月のNPAにとっては、着実にフランス社会に根を下ろしつつあると評価できる数字であることも確かである。

ちなみに、この選挙ではNPAも参加する"ヨーロッパ反資本主義左翼"は、ポルトガルの「左翼ブロック-Bloco de Esquerda」が10.73%3議席獲得という躍進を成し遂げている。

(F) 

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