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7月5日に新疆ウィグル自治区で発生したウィグル人らによる抗議行動の三日後の7月8日に当局によって拘束されたとみられていたウィグル人学者のイリハム・トフティ氏が、8月23日に自宅に戻ったことが確認されている。日本を含む各国のメディアが伝えている。


▲イリハム・トフティ氏

釈放後、ラジオ・フリー・アジア(RFA)の電話インタビューに答えたイリハム氏によると、国家保密局の職員によって、北京郊外のホテルで一ヶ月にわたり軟禁され、事情聴取をされたという。その間、外部との連絡は一切遮断されていた。対応は丁寧であったが、この軟禁に対して当局は、法的根拠を示すことなく、また司法手続きにのっとったものでもなかったと語っている。

イリハム氏によると、当局の監視はいまだに続いており、警官が自宅に待機しているという。そして、何らかの刑罰を受ける可能性があると訴え、自らの潔白、そして現在も行方が分からなくなっている「ウィグル・オンライン」のスタッフ十数名の安否に関心をもつことを訴えた。

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国有企業の通化鋼鉄の民営化を労働者がストライキで中止に追い込んだ闘いは、小さいが貴重な勝利の経験である。

◎中国:国有企業の民営化合併案をストライキで粉砕
http://solidarity.blog.shinobi.jp/Entry/544/

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▲フリードリヒ・エンゲルス    ▲警官隊に抗してストを闘う通化鋼鉄の労働者たち

かつてエンゲルスは、デンマークに伝わっていた農民プロレタリアの実力闘争を謳った古代民謡「ティドマン殿」をドイツ語に翻訳し、ドイツ労働者に伝えた。「ドイツのように、有産階級のなかにブルジョアジーのほかに封建貴族がふくまれ、プロレタリアートのなかに、産業労働者と同程度に、もしくはそれ以上に、農業プロレタリアが含まれている国では、この力づよい昔の農民歌謡はまさにそのところを得ているといえるであろう。」(エンゲルス)

通化鉄鋼ストライキの勝利を受けて、ストの犠牲となった経営者、陳国軍社長を、ティドマンになぞらえた替え歌が香港・先駆社のウェブサイトに紹介されている。なお元歌「ティドマン殿」は後半に転載しているので、そちらから先に観ていただくと、分かりやすいかもしれない。

(H)

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陳国軍社長殿
エンゲルス訳のデンマーク民謡「ティドマン殿」を模倣して
杜建国

原文 
http://www.xinmiao.com.hk/0001/20090728.13T.htm


朝はやく、おてんとさまがさしてきた、
陳国軍社長殿は大忙しでお召しかえ、
シャネルのネクタイにアルマーニのスーツ。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

シャネルのネクタイにアルマーニのスーツ、
それにロレックスの腕時計が光る、
ルイヴィトンのバッグもぴっかぴかなのは言うまでもない。
それをば南区のみんながはやす。

ルイヴィトンのバッグもぴっかぴかなのは言うまでもない、
中には天下の宝刀の合併契約書、
資本家の先鋒大将はぴかぴかに完全武装。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

資本家の先鋒大将はぴかぴかに完全武装、
ロールスロイスが先陣を切り、ハマーがそれに続いて疾走する、
通化鋼鉄ストライキに押しかけるようと意気揚々。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

通化鋼鉄ストライキに押しかけるようと意気揚々、
陳国軍社長殿は仕事にもどれと叫びつつ工場内に突入す、
スト中止の条件はわずか500元の月給と200元ぽっちの退職金。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

スト中止の条件はわずか500元の月給と200元ぽっちの退職金、
それが嫌ならみんな「たたき出す」「リストラ」だと、
それがかの老工人を怒らせた。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

それがかの老工人を怒らせた、
「建龍が出て行かないのならわしらも仕事に戻らない、
 リストラすると言うのなら、その前にけりをつけようじゃないか」
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

「リストラすると言うのなら、その前にけりをつけようじゃないか、
 金持ちどもがどれほどのものか見せてもらう、
 寄り集まって輪になれよ みんなここにとどまるぞ!」
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

「寄り集まって輪になれよ みんなここにとどまるぞ!
 陳国軍社長殿をば生かしては通化鋼鉄から帰さんぞ!」
まず手はじめの一撃はかの老工人がやらかした。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

まず手はじめの一撃はかの老工人がやらかした、
陳国軍社長殿は何も言えず、
陳国軍社長殿はどうと伏し、騒ぎ立てることもなくなった、
それをば南区のみんながはやす。

陳国軍社長殿はどうと伏し、騒ぎ立てることもなくなった、
合併契約書の紙切れは散り散りになって四散した、
労働者たちの顔に高炉の炎が映し出される。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

労働者たちの顔に高炉の炎が映し出される、
吉林省のお偉いさんは、労働者が何も分かっていないと大激怒、
国営でなければ民営化しか選択肢はないではないか、と。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

国営でなければ民営化しか選択肢はないではないか、と、
通化鋼鉄の労働者はこう応える 役人と資本家は左うちわ、
まるで寄生虫や吸血鬼のように、つるんで悪事を働いている。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

まるで寄生虫や吸血鬼のように、つるんで悪事を働いている、
通化鉄鋼は官僚のものでもなく資本家のものでもなく労働者のもの、
そして高炉が役人と資本家諸君の火葬場だ。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

そして高炉が役人と資本家諸君の火葬場だ、
われら自らの労働を自主管理す、
諸君らさえいなくなれば生活はもっとばら色になる。
それをば通化鋼鉄のみんながはやす。

2009年7月28日

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中国吉林省の通化鋼鉄廠
反民営化闘争が緒戦で勝利をおさめる
組織を強化し、さらなる勝利をかちとろう!
 
樹根(香港・先駆社)

7月24日、民間資本参入による企業合併・民営化に反対してストライキを打った中国吉林省通化市の通化鋼鉄廠の労働者に対して、民間資本から派遣されてきた新CEO陳国軍が「職場に戻らないと全員リストラだ!」と恫喝をかけ、激昂した労働者がCEOを撲殺、最終的に工場経営陣がテレビなどを通じて民間資本による企業合併を撤回する旨を宣言するまで、数千人のストライキ労働者は闘争を堅持した。「沈黙者の爆発」である。
 


今回の闘争は、2001年前後に発生した遼陽などいくつかの地域での国有企業での反民営化闘争とは異なっている(訳注1)。それらの闘争において、レイオフされた労働者は比較的簡単に政府と経営陣を信頼し、民営化がほぼ完了した後にやっと行動に移った。結果は敗北に終わった。遼陽のある労働者活動家は闘争をこう総括している。「工場が民営化が始まったときに、断固たる反腐敗・工場防衛行動をすぐに組織できなかったことは失敗であった。工場が民営化によって食い尽くされ何もなくなり、破産宣告を受け、腐敗分子(工場経営陣など指す)の証拠が明らかになって初めて行動を組織したが、すでに時遅しであった!」
 
だが今回の通化の労働者たちの行動は素早かった。7月22日に民間資本の建龍グループによる合併案の情報が伝わり、24日には4000名以上(ある情報では1万人以上)もの労働者とその家族がストライキを打って抗議をした。行動は断固として力強く、最終的に市政府に圧力をかけ、民営化の方針を撤回させたのだ。つぎは、労働者が自主的組織化(労働組合であるか工場防衛委員会であるかに関わらず)を実現し、政府と資本の反攻を阻止できるかどうかが重要である。
 
通化鋼鉄廠の労働者が自主的な労働組合を組織化することができなければ、他の大多数の争議事件と同じように、争議のあとは散り散りになり、ストライキの成果を打ち固め、さらなるステップへと進むことはできないだろう。20年近くに及ぶ資本主義の発展を経た新世代の中国労働者階級は、出稼ぎ労働者であるか伝統的な都市労働者であるかにかかわらず、基本的権利に対する意識は普遍的に向上しており、直接行動を通じてストライキの自由を現実のものとしてきた。次の一歩は、直接行動を通じて、自主的な労働組合の結成を含む結社の自由を獲得することができるかどうか、である。

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ウルムチでは緊張が続いている。7月13日、市内を制圧する治安部隊が5日の騒乱の容疑者の摘発中に、付近の建物に立てこもったウィグル人2名が射殺され、1人が負傷した。報道されないものもふくめ更に多くの弾圧が続いていることが予測される。


▲イリハム・トフティ氏

7月5日の抗議行動は、学生らによって開始されたが、その後に参加した多くのウィグル人は労働者、農牧民であり、当局の弾圧も労働者、農牧民に対してはいっそう厳しいものが予想される。注目を!

以下は、ウェブサイト「ウィグルオンライン」の主催者イリハム・トフティ氏の拘束に関するウィグル人や漢族など各界の知識人158人による呼びかけと独立中文ペンクラブの声明の翻訳である。(H)

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ウィグル人学者のイリハム・トフティの拘束に関する各界158人(第一陣)の呼びかけ
原文
http://woeser.middle-way.net/2009/07/158.html

新疆ウィグル自治区のヌル・ベクリ主席は2009年7月6日にウルムチでの「7・5事件」について演説し、「ウィグルオンライン」ウェブサイトが扇動を行い、デマを流布したと批判した。7月8日早朝、「ウィグルオンライン」のウェブマスターで中央民族大学副教授のイリハム・トフティは消息を絶ち、いまも行方が分からず、当局に拘束されたのではないかと考えられる。

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「ウィグルオンライン」の創設者のイリハム・トフティ教授が拘束されたという情報が流れている。現在「ウィグルオンライン」(http://www.bullog.cn/blogs/uighurbiz/)はアクセスできなくなっている。以下は博訊ニュースより訳出。
2009年7月9日9:30
(H)

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▲イリハム・トフティ教授

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注目を呼びかける:ウィグルオンラインの創設者で中央民族大学の教授が拘束か
北京時間2009年7月08日

博訊 中国国内の関係者によると、穏健派のウィグル民族学者で、中央民族大学のイリハム・トフティ教授(ウィグルオンライン創設者)が昨晩から友人との連絡が途絶えており、逮捕されたのではないかという情報が広まっている。

イリハム教授は、民族問題を暴力で解決することに反対し、ウィグル民族は漢民族の一般民衆とともに民主的権利を実現しなければならないと主張していた。「ウィグルオンライン」は、新疆ウィグル自治区のヌル・ベクリ主席から7・5事件の陰の先導者の一つとして名指しで批判されていた。

イリハム教授が最後にブログに発表した文章では次のように述べていた。

「わたしは「ウィグルオンライン」のウェブマスターとして、ヌル・ハリクに言いたい。あなたの言っていることはそのとおりだと。あなたのいうことはすべて正しい。わたしは多くのお偉いさんたちの恨みを買ってしまった。あなたやその他の、私が恨みを買いたくない、そして恨みを買うのを恐れる人々の恨みを買ってしまった。だが、そこに公正はあるだろうか。私は自分に話しかけたい。落ち着き穏やかに、冷静に分析せよ、と。訴訟は、法治社会における社会的紛争を解決する最も公平な方法である。私には弁護団がついている。いざというときにも(当局から)指定された弁護士は必要ない。私はいかなる国選弁護士も拒否する。」
(boxun)

(原文)
http://www.peacehall.com/news/gb/china/2009/07/200907081401.shtml

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民族抑圧に抗議するウィグル人民への弾圧を許さない
民族の煉獄を打ち破るプロレタリア国際主義を!



▲7日、弾圧で家族を当局に拘束された女性たちがデモ

新疆ウィグル自治区の政府所在地であるウルムチ市で、7月5日夜から6日早朝にかけて大規模な抗議行動が発生した。それは、6月26日に広東省韶関市の玩具工場で発生したウィグル人と漢人の出稼ぎ労働者同士の大規模な衝突で2名のウィグル人労働者が死亡したことに抗議したものであった。ウルムチでの抗議行動は当初の300人程度から一気に1000~2000名規模に膨れ上がり、その後解散を命じた警察と衝突が発生、当局側による発砲や拡大した騒乱などにより、多数の犠牲者が出た。国営の新華社は、新疆ウィグル自治区共産党委員会の李屹宣伝部長の談話として7月6日19時時点で、156人が死亡、1080人が負傷、逮捕者1434名に達したと伝えている。車両261台や商店203軒が焼かれ壊された。中国当局は大量の武装警察や特殊警察部隊を投入し、発砲をふくむあらゆる手段で抗議行動を押さえ込み、弾圧している。

中国の公式報道では、事件はラビヤ・カーディル総裁を代表とする「ウィグル世界会議」の扇動によるものであると早々に断定し、「分裂破壊活動は必ず敗北するだろう」と宣言した。在外敵対勢力によるテロ扇動というお決まりのシナリオは、昨年のチベット騒乱の際にも使われた。

だが本当の事件の背景はそんなところにあるのではない。新中国建国以前からの強硬な対トルキスタン(ウィグル)政策、新中国以降の民族政策、2001年911テロ以降に強化された中央アジア地域における対テロ戦争に名を借りた民族独立運動への一層の弾圧、資源開発の必要から大量に投入される漢民族資本、貧困解消の一環として沿海工業地帯に「輸出」されるウィグル人労働者が受ける差別、漢人社会によるウィグル人に対する社会的、経済的な差別その他その他、中国共産党が自画自賛してきた「中華民族」政策の限界こそが、今回の事件の真の背景である。

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香港7・1デモ
金融危機のツケを押し付けるな!
民主主義と雇用・生活を守る労働運動の発展を!

7月1日、香港では、約7万人の市民が街頭をデモ行進した。1997年7月1日に、イギリスから中国に返還された香港では、毎年7月1日に中国の政治的圧力を拒否する香港市民によるデモが行われている。2003年7月1日には、中国政府の圧力で制定が目論まれていた国家安全条例に反対する50万人もの市民が街頭に繰り出した(http://www.jrcl.net/frame0384c.html)。04年も首長と議会の直接選挙を求める53万人の市民が街頭に繰り出した(http://www.jrcl.net/frame04712f.html)。

今年は、強まる中国国内での民主派への弾圧への抗議とともに、世界規模での経済危機のツケを労働者・市民に押し付ける香港の大企業と、政府の経済対策への抗議もテーマのひとつになっている。市民団体や労働団体、学生団体のほかに、金融危機で被害を被った個人投資家団体や商店主団体なども参加した。公務員職員団体も有期雇用契約の正規化や民営化反対を訴えて参加した。

以下は、デモの主催者である民間人権陣線による七一宣言と、香港・先駆社によるアピールである。

(H)

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政治の失策 貧富の格差
政治を民衆に 民生の改善を
二〇〇九・七一宣言

民間人権陣線

今年は天安門事件二〇周年の年であり、香港が中国に返還されてから十二年目にあたる。香港が中国に返還され、植民地統治から離脱したことは、われわれすべての喜びであった。しかし、二〇年前の北京の街頭では、市民は銃撃され血を流していた。北京の同胞の叫び、人民の愛国の情熱は、いまだわれわれの心に深く刻み込まれている。二〇年前の香港の街頭では、次のようなスローガンが叫ばれていた。「中国の今日は、香港の明日だ」

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キ
▲劉暁波さん

■ 弾圧に各界から抗議

08憲章の呼びかけ人の劉暁波氏が、「デマや中傷によって政府と社会主義制度を転覆させる扇動をした」として北京市公安局に正式に逮捕された。劉氏は昨年12月8日、08憲章の発表直前に当局に拘束され、これまで当局の監視下に置かれてきた。

◎08憲章呼びかけ人逮捕 中国 政権転覆扇動容疑で
東京新聞 2009年6月25日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2009062502000103.html

中国は今年の10月1日で、新中国建国60周年を迎え、政府は盛大な式典を準備すると同時に民主化運動などに対する警戒を強め、各地で活動家などを拘束している。

劉氏の正式な逮捕について、アムネスティーインターナショナル、独立中文ペンクラブ、維権網、中国民主論壇などの団体が抗議声明を出している。香港では香港カトリック・正義と平和委員会や民主派らによる抗議のデモも行われる。

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1989年6月4日の天安門事件から20年目を迎えた香港では、中国国内で唯一、当時の民主化運動と天安門事件の犠牲者を記念する行事がおこなわれた。去年の参加者の三倍を上回る15万人が参加した。会場の最寄り駅の地下鉄の出口からも人があふれ、およそ5万人が会場に入りきれず、会場周辺にまで犠牲者を追悼するキャンドルの明かりが広がった。

集会では、天安門事件で17歳の息子を殺された丁子霖が「天安門の母親」運動を代表してビデオ出演した。丁子霖は事件の真相究明と名誉回復を求め続けているが、毎年6月4日は息子を追悼するための外出さえ許可されず中国政府によって軟禁状態におかれている。

中国国内では「天安門事件」や「6月4日」というキーワードでインターネットを検索した時点で接続をシャットダウンさせる技術を政府監視当局が開発し、導入を進めていることから、当時を知らない青年たちが天安門事件の真相を知ることは極めて困難である。当時の真相を伝えようとするあらゆる試みは厳しい監視と弾圧にさらされる。このような状況において、香港の民衆15万人がキャンドルを掲げて、ビクトリアパーク一帯を悲しみと怒りの炎で染め抜いたことは極めて大きな意義があるだろう。

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「いま、北京では銃撃が行われ、人民は血を流している。中華民族は生死の危機という決定的な時期にあり、歴史の重責は一人一人の労働者の双肩にかかっている。暴力に反対し、学生を支持し、民主と科学を発揚させること以外に選択の余地はない。」―――広州工人自治連合会 1989年6月4日(『中国民主化運動資料選』十月評論社 1989年6月)

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20年前の1989年6月4日未明、「人民の子弟兵」と呼ばれた人民解放軍が天安門広場に残っていた多数の学生、労働者、市民に対して包囲・発砲した。「天安門事件」「血の日曜日」と呼ばれる民主化運動に対する弾圧である。現在に至るもその犠牲者の数は不明である。

今年はこの天安門事件から20年目に当たるということで、内外のメディアでは、当事者へのインタビューや二十年の検証など、関連する連載が続いている。そのどれもが注目に値するものであり、民主化を求めた当時の青年達の情熱に何度も思いを馳せることは重要だろう。

◆ 1989年という時代

89年は、中国における民主化運動とそれに対する弾圧に加え、東欧におけるスターリニスト体制の動揺と崩壊が世界に衝撃を与え、91年のソ連邦崩壊へとつながっていく。それ以降、資本主義こそが歴史の終着駅であり、それ以外に選択肢はない、というイデオロギーが急速に全世界に拡大した。


▲5月31日に香港で闘われた「天安門20年デモ」

中国共産党は、民主化運動を徹底的に弾圧することで体制を維持した。民主化運動の中でも批判の的になっていた「官僚ブローカー」は、天安門事件後の国際的孤立を打破するためにトウ小平によって打ち出された「さらなる開放政策」と資本のグローバリゼーションの合流のなかで、グロテスクに台頭した。官僚独裁体制は資本主義復活の伝動ベルトとしての役割を十分に果たした。

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