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韓国の友人、ウォン・ヨンスさんから激烈に闘われた双竜自動車労組の闘いについて報告が寄せられました。ウォン・ヨンスさんは、韓国での「反資本主義」を掲げた新しい社会主義的な労働者の政党の形成をめざしている「社会主義労働者政党準備会」のメンバー。

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▲大量整理解雇攻撃にストライキと工場占拠で起ち上がった労働者たち

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双竜自動車闘争の経過と意義

ウォン・ヨンス(社会主義労働者政党準備会)

双竜自動車の最終協定

 今日、八月六日、ここ数日間のストライキ労働者に対する激しい身体的弾圧の後に、労組と経営側は最終交渉を行い、妥結した。労組は整理解雇提案の一部を受け入れ、ストライキ労働者の半数の雇用を守った。それ以外の労働者は自発的退職あるいは無休の長期休業が適用されるか、分離された子会社からの別の職を受け入れることになる。

 労組指導者のハン・サンギュンは彼の同志や支持者たちに対して、会社側の整理解雇計画全体を阻止できなかったことを謝罪した。彼は、闘いの傷跡は簡単に忘れ去ることはできないと悲痛な面持ちで語り、資本による労働者の分裂・引き入れ工作をやめさせるために全力で闘ったと付けくわえた。

 本日(8月6日)午後、労組指導者を含むストライキ労働者は警察によって逮捕された。百人以上の労働者が裁判にかけられると予測されている。警察署へと引きたてられる途中、労働者たちは雨が降るのを感じた。その雨は占拠期間中に彼らが長い間待ち望んでいたものだった。

 しかし双竜労働者は、七十七日間に及ぶ占拠を通じて最善をつくした。全面的勝利を勝ち取れなかったとはいえ、こうした英雄的な労働者階級の戦士たちは資本主義世界の労働者の敬意に値する。(8月6日)


経済危機の中の階級戦争 整理解雇に反対し工場を占拠した双竜労働者

 八月五日、双竜の闘いは最終段階に引きずりこまれた。この日の朝、数千人もの警察機動隊は、完全装備の警察特殊部隊や会社派の労働者、雇われ暴漢らとともに平澤(ピョンテク)にある双竜自動車工場でストライキを闘っている労働者に対する大規模な攻撃を開始した。空から三機の警察ヘリコプターが催涙ガス風船を投下し、陸からは機動隊の部隊が、労働者が占拠しているすべての工場を包囲して、労働者たちを催涙ガス入りの放水銃で攻撃した。

 ストライキ労働者に対する全面戦争が解き放たれた。それは全面ストが始まってから七十六日目、七月三十日、三十一日の最終交渉期間中の停戦をはさんで機動隊が全面的な攻撃を始めてから十八日目のことだった。この期間、経営側と雇われ暴力団は二週間以上にわたって水とガスの供給を止め、対話の決裂後は電気も切られた。こうしてストライキ労働者たちは、飢え、乾き、電力供給の欠如にさいなまれ生存の極限状況に追い込まれたのである。

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▲経営・官憲の攻撃からストを守るために防衛隊が編成された

背景――経営接収の失敗から破産へ

 グローバル金融危機の衝撃が韓国経済を直撃した時、ただちに犠牲となったのは労働者だった。全国で激しい人員整理の波がプラントや工場に押し寄せ、多くの労働者が職を奪われた。それに反撃して労働者たちは雇用と生活を守る抵抗を開始した。

 ソウルの南五十キロに位置する平澤にある双竜自動車は、一九九八年、二〇〇四年の破産に続いてまたも破産に陥った。結局、双竜を接収した大宇(デウ)自動車の破産の後、この自動車製造企業は二〇〇四年に上海自動車に接収された。しかし数年に及ぶ経営の失敗の後、今年一月初め、企業は再び破産申請を行った。

 労働者は経営側、とりわけ上海自動車に対して強く怒った。労働者たちは、規模において小さく、技術水準も遅れたこの企業による経営接収に反対してきたからである。上海自動車の経営陣は、大規模投資を行うという約束を守ろうとはせず、より進んだ技術を中国の本社に移転した。この茶番劇的状況を知りながら危機が全面化するまで傍観する以外に何もしなかった韓国政府に対しても、労働者は激怒した。

 しかし失敗した経営によるお粗末な対策が作り出した重荷のすべては労働者に押しつけられた。経営側が示した「解決策」なるものは、大量の整理解雇をふくむ企業のさらなるリストラだった。経営側は七千五百人の労働者のうち二千六百五十六人の整理解雇を提案した。

新しい戦闘的指導部の下での労働組合

 双竜労組は、二〇〇八年十二月五日に選出された労組新指導部の下で、経営側の提案を拒否した。新指導部は出発にあたり、工場の敷地に仮設テントを設置して座り込み闘争を開始した。

 韓国金属労組(KMWU)に加盟する双竜支部は、歴史的に現代(ヒュンダイ)や起亜(キア)といった他の自動車会社の戦闘的労組と比べれば、最も弱い労組の一つだった。労組は戦闘的な民主労総(KCTU)の金属労組に属しているにもかかわらず、双竜労組はストライキや闘争よりも「対話」を好む腐敗した会社派指導部に支配されてきた。

 しかし危機が到来するにつれて、一般組合員は自らの雇用を守るために、分裂と内部紛争に支配された過去を乗り越えて団結した。危機の影響の巨大さとその後の闘争を考慮した労働者たちは、敵対的な経営陣と政府に対して闘うことができる強力な指導部の必要を感じ取った。それは労働者の闘争の重要な転換点だった。

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▲工場に翻った赤旗

部分的ストライキから占拠へ

 四月初め、経営側が二千六百四十六人の労働者を解雇する整理プランを提案した時、労働組合はこの提案をしりぞけ、長期ストライキを開始した。五月八日、会社は解雇プランを地方労働局に報告した。労組はこれに抗議し、会社事務所でストライキを行った。この時期、労組は幾つかの機会をとらえて部分ストを続行した。

 その間、経営陣は労働者を分裂させるために自発的退職プログラムを提案した。強要の圧力の下で、五千人の生産ライン労働者のうち千七百人が早期退職に応じた。彼らの中には、会社派の職長や企業派の労組代表がいた。しかし経営陣は、残る九百六十人の整理解雇に固執した。

 五月九日、労組指導部のうち三人が工場の真ん中にある高い煙突のてっぺんで無期限の座り込みストを開始した。これらの指導者たちは闘争に勝利する決意を明らかにした。そして彼らは二カ月以上の間、座り込み闘争を継続した。

 五月二十一日、労組は最終的に工場の占拠と無期限の全工場ストを宣言した。数千の労働組合員がストライキに参加し、平澤の全工場を占拠した。突然の工場接収に直面した経営者は工場から排除された。そして政治グループ、他の労組、社会運動、地域グループなどが支持を寄せて闘争に参加し、六月二十六日に始まった警察による封鎖まで労働者と共に工場にとどまった。

家族支援委員会

 五月十三日早朝、ストライキ労働者の妻たちは自ら労働者のストライキ支援の組織化を開始した。当初、妻と子どもたちは労働者に対する会社の攻撃にショックを受け、何をすべきかわからなかった。家族の多くは、ストライキの結果月給が半分以下になるということで、破産による大きな打撃を受けた。

 すぐに、労働者たちのストライキの用意が整ったことで、妻たちの一部は闘争への参加を決意した。彼女らは個人としてではなく組織されたグループとしてリーフレットを配り、労組集会に参加した。彼女らは労働組合員とともに抗議活動に参加し、とりわけ地域からの支援を組織した。

 占拠の開始以来、妻と子どもたちは労働者の闘争を支援して夕刻の集会に参加した。家族支援委員会の活動の中で、こうした女性たちはストライキ労働者のメッセージを広範に広げる上で中心的な役割を果たした。

労働組合:金属労組と民主労総

 労組指導者のほとんどは工場を訪れ、双竜自動車工場の占拠への連帯を表明した。そして六月十九日と二十日、金属労組は、政府の反労働者政策に反対してソウルのデモに組合員を動員した。

 しかし近年、労働運動の動員力はきわめて落ちており、分散化してきた。このため、民主労総の暫定指導部は口では双竜労働者との連帯を強調しつつも、実際には全国闘争を指導する民主労総の能力はきわめて弱体化している。現在の指導部は、民主労総中央によるセクハラスキャンダルの結果、辞任を強制された前指導部に代わったものである。この危機は、民主労総指導部の一部がスキャンダルを隠ぺいしようと努めたことで、さらに拡大した。

 こうして、ストライキを闘っている労働者にとって、全国的ゼネストについては言及するまでもなく、産業レベルのストや地域ストといった民主労総からの組織的・系統的支援を受けることへの期待は極めて低い。

占拠中の日々の活動

 労働者は軍隊として組織されている。政府と経営側が占拠を違法と見なしている以上、どの時点でも、警察の攻撃は大いにありうることだ。一見平和的な、しかし内部的に緊張した状況の下で、防衛隊として組織されたストライキ労働者は、一緒に生活し、一緒に食事をし、一緒に集会を行っている。

 さらにありうる攻撃に備えて、労働者たちは朝と午後のセッションにローテーションで訓練を行っている。同時に労働者たちは、情勢、交渉プロセス、労組の闘争計画などについての情報を共有するために、民主主義的討論の会合を持っている。

 毎夕の集会で、労働歌手、ダンサー、エンターテイナーたちがストライキ労働者への連帯を示すパフォーマンスを行っている。さまざまな歌やダンスが労働者や家族を励ましており、彼らもまた集会に参加し、手紙を読んだり、自分たち自身の声明を読む機会を持っている。

とうとう戦争が始まった

 占拠が続くにつれて経営側は力づくで工場を接収する計画を実施に移し始めた。彼らはいわゆる治安暴力団を雇い入れ、整理リストに載っていない労働者を脅して動員した。最初に彼らは工場を包囲し、数千人の機動警察の支援を得て工場のゲート入り口を封鎖した。こうして七月初め以来、占拠は孤立した。

 七月二十二日、機動隊と企業側の暴漢はストライキ労働者の抵抗に直面して、工場のさまざまな部門に侵攻した。経営側が本部事務所を含む幾つかの建物を取り戻したことで、工場は会社側のブロックと占拠側のブロックに分断された。機動隊と雇われ暴力団がストライキ労働者に攻撃をかけたにもかかわらず、可燃性物質で一杯の塗料ブロックの占拠はストライキ労働者の戦略的な利益となった。

 こうして七月を通じて、戦闘は工場の中と周辺で毎日続いた。労働者は鉄パイプ、火炎びん、投石で武装したが、警察や会社側暴漢の巨大な物理力に圧倒された。毎日、工場の屋根にいる労働者に催涙ガスの混じった液体を注ぎかけるために、工場の上を警察のヘリコプターがホバリングした。有毒な化学物質が多くの労働者を傷つけた。そして企業暴力団は、ストライキ労働者に対して大きなボルトを飛ばす投石機を使用した。

 こうしたガスも水もない不利な条件下で、労働者たちは握り飯で生き延びた。残虐な攻撃に対し、労働者は日々の戦闘でよく規律を守り、よく組織されていた。

労働者の反撃と連帯

 全面的な攻撃が展開していく中で、民主労総は支援を組織し、政治グループや社会運動は工場前で集会を行った。彼らは水や薬品を渡そうとしたが、警察が傍観する中で経営側はあらゆる援助を阻止した。

 民主労総は、七月二十五日と二十九日に双竜労働者を支援する全国労働者集会を開催した。しかし双竜自動車工場への連帯行進は、機動隊によって阻止された。衝突の中で、放水銃による地上からの攻撃と結びついたヘリコプターの空からの襲撃が行われ、多くの労働者が逮捕され、負傷した。

 しかし家族支援員会と他の運動グループによるキャンプは、集会、記者会見、キャンドルを掲げた徹夜の座り込みを行い、水と薬品を手渡す試みを継続した。また何百人もの労働者と活動家が、工場前の座り込みキャンプで年次休暇を過ごした。

 しかし今や企業暴力団は、座り込みテントをむりやり一掃し、労働者の家族や他の労働者、そして活動家たちに暴力をふるった。

ごまかしの対話後の最終攻撃

 地域社会と世論からの圧力の増大に直面した経営側は、七月三十日と三十一日に対話を開始した。しかし経営側が考えていたのはたった一つの選択だった。それは労組の無条件の屈服と整理解雇の受け入れである。それは労組にとって受け入れがたいことであり、最後の対話は決裂した。

 対話がストップするやただちに、会社は八月二日に工場への電力供給を切り、最後通告を突きつけた。そして八月三日以後、会社側は警察機動隊と協力して最終攻撃を加速した。戦闘の中で、雇われ暴力団は警察の盾に守られて投石機を使用した。

 八月三日と四日、結合した攻撃はさらに強化され、そして今日(8月5日)の攻撃で工場のブロックのほとんどはコーティング部門の建物を除いて取り戻された。攻撃の中で三人の労働者が屋根から落とされ重傷を負い、数十人の労働者が逮捕された。警察特殊部隊は、テーザーガン(電気ショック銃)、ゴム弾の労働者への発射を含む極限的な暴力を行使した。

 この瞬間にも、残ったストライキ労働者はコーティング部門の建物で孤立しているが、あらゆる苦難にもかかわらず闘争を堅持している。インタビューの中で、労組指導者のハン・サンギュンは宣言した。「もし経営側と政府が対話するつもりがないのなら、われわれを攻撃せよ。しかしわれわれは決して屈服しない」。

双竜自動車の労働者は闘争に勝利した!

 経済危機の暗雲の下で、経営の失敗のすべての重荷は労働者の肩に負わされている。抵抗がなければ、労働者、とりわけ非正規労働者、女性、移住労働者は容易にターゲットとなり、容易に犠牲者にさせられる。しかし双竜の労働者は立ち上がり、整理解雇に反撃したのである。

 彼らは二カ月以上にわたり工場全体を占拠し、警察、経営、雇われ暴漢の連合部隊に対決して闘っている。家族、他の労働者、社会活動家、宗教コミュニティーから寄せられた広範な連帯は、彼らの闘いの正当性を示した。双竜自動車の闘いは労働と資本の代理戦争である。

 双竜労働者は、全く暴力的な勢力の集中砲火の下で敗北するかもしれないが、彼らはすでに闘いに勝利したのだ。労働者を人間として認めることを拒否している経営側は、その失敗を労働者の闘争のせいにしようとしている。しかし双竜の労働者は労働者階級と民衆が真実を見ることができるようにするために、自らの英雄的な闘いを通じて裸の真実を暴露したのである。今回われわれは闘争に負けるかもしれない。しかし究極的に労働者階級はこの戦争に勝利するだろう。工場を占拠している双竜自動車の労働者は、今なおこぶしを握りしめて叫んでいる。

 解雇は死刑宣告だ!整理解雇粉砕!

(8月5日)

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