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6月21日、北京オリンピックの聖火リレーが、数万の軍・警察の厳重な警備体制が敷かれたチベット・ラサを通過した。ラサ市街地では、聖火到着の前日から、立ち入り禁止地区が設置され、タクシー営業も禁止された。街頭には警察、武装警察があふれ、青蔵鉄道沿線は7000人もの軍・警察によって厳重警備が敷かれた。当日は大規模な交通規制とコース沿道住民の外出禁止や商店の営業禁止、報道にも厳しい規制が敷かれるがなど、2時間にも満たない聖火リレーのためにラサ市街地は完全な軍統制のもとにおかれた。

ネパールとインド・ダラムサラでの抗議行動


聖火は午前9時12分(日本時間10時12分)にダライ・ラマの夏の離宮だったノルブリンカ前広場を出発し、午前11時にポタラ宮へ到着、5月8日にチョモランマ(エベレスト)登頂に成功した聖火の火種との融合式が行われ、「民族調和」を演出した政治的、軍事的ショーは、大きな混乱もなく終了したといえるだろう。

カナダでの抗議行動

だが、軍事統制化にあったラサ以外の地域では、「チベットに自由を」の声が止むことはなかった。

チベット自治区に隣接し、四川省の三分の一を占める四川省カンゼ・チベット族自治州のカンゼ県では6月22日に三派にわたるチベット人らによる抗議行動が行われ、14人のチベット人が拘束されている。かれらは「ダライラマのチベット帰還支持」「チベットに自由を」などのスローガンを叫び、チラシを配布した。その後、武装警察によって弾圧、拘束された。23日には「チベットにおける一国二制度の実施を」と書かれたチラシを配布して逮捕されている。逮捕された人の消息は不明である。このカンゼ県やチベット最大級のニンマ派の僧院、ラルン・ガル・ゴンパがあるセルタル県などでは当局による通信の傍受や監視が行われており、チベット民衆はその統制下での生活を強制されている。

17日にはカンゼ県の3名の尼僧、サチュラム、イェロ、サントゥイが「ダライラマ万歳」「ダライラマの帰還を認めよ」「すべてのチベット政治犯の即時釈放を」などのスローガンを叫び、当局に弾圧されている。同日、カンゼ県ゲマジャ尼寺の尼僧2名も抗議行動を理由に逮捕されている。カンゼ県では18日には、チベット人による抗議行動が行われ、当局の暴力的な弾圧にあっている。

銃剣で守られた北京五輪の聖火は青蔵鉄道で青海省に運ばれた。中国当局は、武装警察機動63師団3000名を甘粛省から動員し、ラサ駐屯の人民解放軍「山地53旅団」約2000名、武装警察チベット総隊、武装警察青海総隊の2000名とともに、青蔵鉄道沿線の警備に当たらせている。

その青海省でも弾圧が広がっている。6月19日には、青海省同仁県の隆務寺の主事のダワが警察に逮捕されている。今年に入って二度目の弾圧だという。ダワは若いころインドで学び、2001年に帰国し隆務寺に入り、今年から主事をつとめてきた。今回の逮捕については警察当局からも明確な回答はないが、関係者によるとダワはチベット亡命政府との関係を疑われているという。聖火リレーの青海省到着前の事前弾圧である。現在、10名以上の警察が常時、監視体制にある。3月14日の大規模な抗議行動以来、ダワを含む200名以上の僧侶が逮捕された。ダワ自身は一ヶ月拘留された。大部分の僧侶が釈放されたが、いまだ5名の僧侶が拘留されているという。

21日には、ネパールの中国大使館前でも、亡命チベット人らが抗議集会を開き、700名近くがネパール当局に拘束された。

中国チベット自治区は25日、外国人観光客の受け入れを再開した。中国当局は3月14日のラサ事件後、内外観光客のチベット訪問を禁止してきた。中国国内および台湾、香港、マカオからの観光は4月23日に解禁されたが、外国人については、聖火リレーが終了するまで引き伸ばされていた。

6月19日、アムネスティ・インターナショナルは、「聖火リレーはチベットが置かれた現状にいくばくかの光を照らす機会となるべきだ」と主張し、世界の報道陣に広く取材を認めるよう呼び掛け、3月事件に関与したチベット人1000人以上が、裁判手続きが行われぬまま現在も拘束されていると批判した。

聖火リレーは、チベットが置かれた状況をにいくばくかの光を照らす機会を与えたかもしれない。しかし、その聖火リレーをを守るために、いくばくかの光をはるかに上回る規模での闇と暴力が再びチベットを覆い尽くしたこともまた事実である。国家主義、排外主義、軍事主義、商業主義を拡大させる聖火リレーとオリンピックはいらない。

20日、チベット自治区政府のペマ・トリンレ副主席は、拘束されたチベット人1157人がすでに釈放され、4月に実刑判決を受けた30人に加え、12人について実刑判決が言い渡されたとアムネスティーの主張に反論を加えた。1157名は確かに釈放されたかもしれない。しかしチベット人は自決権を否定され、自治権が制限され、軍・警察の厳しい監視体制下にある「監獄」社会のなかでの生活を余儀なくされているのである。

抑圧民族は、自らもその抑圧体制の中で苦しみ続ける。それはアジア侵略を重ね続けた日本帝国主義の歴史を振り返るまでもなく真実である。(H)

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