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このかん、アジ連でのフェミニズム学習会では、今回ドメスティック・バイオレンス(以下、DV)を中心に学習をしてきました。テキストとして
・『愛する・愛される デートDVをなくす・若者のためのレッスン7』山口のり子著 梨の木舎
http://www.jca.apc.org/nashinoki-sha/womanjob/4-8166-0409-x.htm
・『なぜ男は暴力を選ぶのか』沼崎一朗著 かもがわ出版/
http://www.kamogawa.co.jp/moku/syoseki/715_2.html
・『ドメスティック・バイオレンス 男性加害者の暴力克服の試み』草柳和之著 岩波ブックレット/
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/booklet/
・『レイプの政治学』杉田聡著 明石書店
http://www.akashi.co.jp/home.htm
を選び、学習会を開きました。
DVとは家族など親密な関係のなかで暴力(身体的・精神的)を使い力で支配することをいい、親しい恋人関係の場合には、たとえば「デートDV」も起こります。DVは圧倒的多数が男性から女性への暴力です。その暴力の仕上げとして性的暴力が加えられることが少なくなく、継続的な暴力により、抵抗をくじき、暴力を不当だと思考することも困難にします。
加害男性は非常に暴力的な人物というわけではなく、家の外では配慮ある穏やかな人物として通っていることが多く、大部分は暴力が向かう対象は親しい関係に限られています。相手と場所を選び、世間が見逃してくれることをちゃんと計算して暴力を選んでいます。
「暴力のサイクル」というものがあります。
(1)緊張の蓄積期(加害者のストレスが蓄積され、ささいなことでイライラする)→(2)暴力爆発期→(3)ハネムーン期(謝罪、極度にやさしくなる)(4)また元に戻る、と3つの段階を繰り返し、女性はこのサイクルの中で混乱して、加害者から暴力を受ける関係を持続させてしまいます。
加害男性は女性からの訴えから、謝罪をして、変わろうとしますが、それは周囲との関係から変わらないとまずいときだけで、ちょっとだけ変わりごまかそうとします。加害者カウンセリングなどに参加しても変化する加害者は多くはないと言います。
まだまだ自覚が足りない
この学習会を通じて、差別的な態度や表現について学習して理解してきたつもりだったのですが、まだ「つもり」だったのだなぁ、というところが多々ありました。
加害男性の特徴や、『愛する、愛される~』での「相手の暴力的態度の見分け方」などをチェックしてみると、該当するところがいくつかありました。その中で「相手に謝ることが多い」というのがあって、最初は「なんで謝ることがダメなのだろう?」と思ったのですが、その謝罪が自らのした行為の相手への気持ちを理解したところか
らでたものではなく、自分の立場が危ないから、その防衛のためなのです。簡単に謝ることで自らのした事の重大さを理解することなく自分だけ楽になって、そして「謝罪したから大丈夫だ」と女性に信じ込ませて、また支配をするという暴力と対のものなのだと思いました。
まだまだ自分の中で差別に対して自覚的でないところがあったのに気づかされ、さらに学習して現実に反映させていきたいと思います。(A)