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服従を通した犯罪への道のり

 映画「ポチの告白」を観た。この映画は実際に起こった警察犯罪を基に、市民から信頼される良心的な警察官がどのように犯罪に関わっていくのかを分かりやすく描いていた。交番勤務の巡査・タケハチが、上司に忠実に服従していくうちに、やがて気づかないうちに警察犯罪の主犯格になっていくというものである。三時間十五分という長さをまったく感じさせない作品だ。良心的な警察官が容易に犯罪の主犯格になってしまう警察組織とは何なのか。それに鋭いメスを入れた傑作である。

 この映画では、警察の不祥事や腐敗を構成する根本が、つまりは警察官だからと言って特別な人間ではないという、ごく当たり前の現実に端を発していることを詳細に描いている。一般的な感覚からは到底信じられないような犯罪的事実が次々と突きつけられる。作られた「警察官」のイメージが、ことの本質を見えにくくしているだけなのである。「正義で人格者の警察官」というイメージ作りに「警察ドラマ」「警察密着24時間」などを駆使して躍起になっている理由でもある。現役で警察の裏金問題を実名で告発した警官の仙波敏郎さん(2009年3月退職)は、警察ドラマの多くは実際の警察イメージとは程遠いと言ったそうである。


 腐敗すればするほど、メディアによる宣伝、更なる権力の行使が必要になるということだ。それでも、このかん、警察腐敗を正面から描いた実話に基づく外国映画「チェンジリング」や、テレビ朝日の「警官の血」(2夜連続ドラマ)なども続々と登場している。「ポチの告白」もその一つだ。ちなみに、仙波敏郎さんは裏金問題の告白の後、全く仕事のない場所に配置転換された。これが報復人事だとして愛媛県人事委員会に不服申し立てをし、二〇〇六年六月七日、人事委員会は「本件処分は健全な社会通念に照らし、妥当性を欠くものと言わざるを得ない」として、仙波さんに対する配転処分を取り消した。その後、仙波さんは国賠訴訟を起こし、松山地裁で勝訴(2007年9月11日)、高松高裁が県の控訴を棄却し勝訴が確定した(2008年9月30日)。しかし県警は賠償金百万円を廊下で手渡そうとしたというのである。仙波さんは、謝罪が先だとして、いまだにこの賠償金を受け取っていない。愛媛県はこの控訴において、弁護士費用だけでも三百万円を越える公金、つまり私たちの税金を支出したという。裏金問題を拒否し続けた仙波さんは四十二年間巡査部長だった。裏金作りに加担することが出世への踏み絵だというのだ。

良心的警官が淘汰される?

 この作品では、良心的な警察官が警察組織に身を置くうちに、いとも簡単に悪徳警官に成り下がっていく様子をこと細かく描いている。交番勤務の中でその基礎を身に付けていくという。放置自転車で罠を仕掛けて捕まえる、などだ。

 この作品を見て、警察組織が真に国民の幸せにつながる組織になることが現実的に可能なのだろうかと暗澹たる気持ちになった。悪徳警官が淘汰されるのではなくて、国民の幸せに目を向けた警察官が淘汰されていく。腐敗に立ち向かおうとする警察官は排除され、命の危険にすらさらされるというのである。

 このことは、裏金問題を告発した仙波さん自身も経験したことだという。裁判官さえも、監視カメラやNシステムなどで膨大な個人情報を握っている警察に弱みを握られ、警察に有利な裁判をするように脅されるというのである。

私憤の解消にも権力を利用

 はじめは理想に燃えていた警察官が、私憤の解消、プライドの維持、そして組織防衛のために、権力を楯にすれば、いとも簡単に対立する相手を淘汰できることを学習し、人権感覚を麻痺させていくのである。権力を持つことは、自らの誤りを隠蔽する力も持つということなのだ。もし隠蔽できなければ、さらに強力な権力を行使するまでである。その行為の積み重ねが、これほどまでに腐敗した組織を作り上げてしまったのである。

 このような自浄作用喪失に陥った警察に私たちは管理されているのである。神奈川県警の「神世界、霊感商法詐欺事件」が発覚した時には、はじめ驚いたが、この映画を見てこれが決して特別なものではなく、全く違和感がないほどに起こってしかるべきということがよく分かった。

 「ポチの告白」は、警察官が、誤りを認めたくない心理、見下された悔しさ、出世したい気持ち、生活を守りたい気持ち、……など「一般人」と全く同じ感情に支配された時に、彼らが持っている「権力」がその解決を彼らに都合のよい方向に捻じ曲げてしまうことを分かりやすく描いている。

 出世するためには拳銃密売を偽造する、生活を守りたければ、予算を取るために事件を作る、揶揄されればどう喝、逮捕をちらつかせ、拳銃を使って死の恐怖を与えて服従させる。違法が発覚しそうになれば、同僚にさえ権力を行使し、自殺すら強要する。

 これらのこの映画に描かれている内容はすべて実際の事件が基になっている。われわれがこのような感情に支配された時に辿る道のりとは全く違う道のりを、彼らは権力を持ったゆえに辿るのである。正義感や公正さは、地道な努力の先に謙虚さを伴って長い時間をかけて身につけるものである。組織があらかじめ用意してくれた「警察は正義である」というイメージに警察官が囚われることで、自らの誤りやずるさに気付かない警察官の大量生産を引き起こしている。

 テレビドラマなどでよくある、正義感と誠実さを持った一握りの権力集団が、民衆の為に活躍するというストーリーは観ていて一瞬気分がいい。時代劇の「暴れん坊将軍」「遠山の金さん」「水戸黄門」などもそうである。しかし、どんな権力も民主的な監視がなければ腐敗する。この根本的なものがなかなか描かれない。警察官の多くは、警察官になっただけで「正義」の仲間入りをしたと勘違いしているようだ。デモでも、交通取締でも、そこで見聞きする警察官の言動からは、おごり高ぶったそのような感覚が見えかくれする。

なぜ情報収集に躍起となるのか

 会社でも地域集団でも、そこに人が集まる限り、一定の特権と個人情報を持つ人間が、それを傘に都合のいいように集団を動かそうとすることはよくあることだ。さらに強力な権限を与えられた警察官は、さらにあくどい方法で状況を意のままに動かそうとするのである。膨大な個人情報を手中にすることで彼らはさらなる権力を手に入れる。情報を蓄積しておき、その人間が彼らに都合の悪い存在になった時に弱みを見つけ出し服従させるのである。

 Nシステム、監視カメラを駆使すればそれはさらに簡単である。裁判官すら弱みを掴まれ彼らに都合のよい判決を出すという。さらなる情報収集に躍起になっている理由である。とにかく情報を集めることなのだ。SMAPの草 剛氏が公園で騒いだとして逮捕されたが、尿検査で薬物反応も出なかったのに何故、家宅捜索をされたのか。家宅捜索とは、尾行、監視などとは比較にならないほどに大量の個人情報を手に入れることができる。それこそ個人のプライバシーを丸裸にする行為を何の根拠を持って行ったのだろうか。

公安警察による支配のあり方

 しかし、この映画には「公安警察」というものが登場しなかった。しかし、公安警察の場合はこれよりももっと、理想や正義とは程遠い、自己保身、責任転換、空しい英雄意識に支配された組織だということは想像できる。身分秘匿、住所秘匿、責任秘匿の温床である公安警察ではあっても、それでも隠し切れずに漏れ出す情報から、このことは容易に想像できる。

 しかし、実際に警察組織を支配しているのが公安警察だというのだ。警察には、殺人や詐欺捜査を行う「刑事警察」と右翼や共産党などの捜査、監視を行う「公安警察」がある。刑事警察は市民の目からもその活動が見えやすいが、公安警察はその活動が表面からは全く見えないという。そして刑事警察は誤認逮捕や間違えがあれば一定の謝罪や処分なども行われるが、公安の場合は間違えでも行き過ぎでも出世すると言われている。そして警察のトップである警察庁長官は、歴代二十人のうち公安出身者が十五人もいるというのだ。そのうち公安総指揮官である警備局長経験者は九人もいるのである。民主党、小沢氏の西松建設・違法献金問題で、「自民党議員には事件は波及しない」と発言した政府の事務方トップ・漆間巌官房副長官も公安総指揮官を経て警察庁長官になった人物である。

たんなる「不祥事」ではない!

 警察の不祥事は、発覚しただけでも数多くある。「不祥事を隠蔽しようとした」という不祥事も数多く、これらは氷山の一角に過ぎないということが明らかだ。そのような警察組織の中でも、神奈川県警による不祥事は見るに耐えない。証拠隠蔽、捏造、事件作り、犯罪組織への関与、同僚警察官によるリンチ、同僚による射殺を自殺と隠蔽した疑惑、中でも警察官による強かん・強制わいせつなどの性犯罪がらみの不祥事が多いという。そして「神世界」事件である。

 これも神奈川県警であるが、公安主導で進められた坂本弁護士一家殺害事件捜査では、坂本氏が労働運動に関わり共産党系の弁護士グループに所属していたことから、現場の状況が相反するものであったにも関わらず失踪・夜逃げと決めつけたために事件が長期化したと言われている。そのことがサリン事件などの凄惨な犯罪へ繋がったと批判されている。一般刑事との情報の共有すらしなかったというのである。公安警察の刑事警察蔑視、特権意識、エリート意識が事件捜査の失敗につながったと言われている。

 地下鉄サリン事件が起こる六年前のこの事件当時、すでにオウムを疑う声はあったのだ。未解決となっている「グリコ・森永事件」「阪神支局襲撃事件」でも、公安警察のこのような体質が事件捜査の失敗を招いたといわれている。「泥棒や殺人犯を捕まえなくても国は滅びないが、左翼を泳がせておけば国が滅ぶ。公安が国を動かしている」というのが、彼ら公安警察の言い分だそうだ。しかし、一体何をもって「国」というのか。そしてどのような「国」を守るというのか。のちに全員無罪となった松川事件、そして下山事件、三鷹事件なども公安主導で捜査が行われたものである。

 さらに公安警察は、オウム事件における汚名返上の言い訳のために、オウム信者に対する驚くべき数の微罪逮捕を行ったというのである。「地下鉄サリン事件被害対策弁護団」の宇都宮弁護士は、この大量の微罪逮捕は、公安警察が自らの失態を取り繕うために行ったものだという。

 宇都宮氏は、警察は刑事警察を中心に再編すべきだという。「戦前のように公安が出てきて、一番重要な報道や表現の自由を押さえ込もうとしている。時代錯誤である」と言い切る。しかし、身分も実態も秘匿し、そのためにどんな違法行為もやり放題、そして違法行為の中で収集した情報で身内ですら脅すという公安警察に立ち向かえる警察官が果たしてどれだけいるのだろうか。警察の腐敗は計り知れないが、公安警察は、良心的な警察官によって真っ先に存在意義を問われるべき存在であり、その実態は国民の幸せとは相反するものである。

平和運動に問われる姿勢とは

 先日亡くなったロックシンガーの忌野清志郎さんが、生前、「戦争をなくそうということはずっと前から言われてきた。なのにいまだになくならない。必ず政治家の一部が武力が必要と言ってくる」というようなことを言っていた。

 何故なくならないのか。そう単純ではないのはもちろんだが、このような「正義」や公正とは程遠い警察組織が、利害を一致させた一部の集団のさらなる権力の下に、警察権力を行使し続けた結果作り上げた国家というものが、戦争という「権力と暴力」の頂点とも言える「解決策」を行使しようとすることは理解に難くない。地道に市民運動を続けながらも、運動を取り巻くこのような状況をも問い続けない限り、平和、平等の真の実現は難しいのではないか。立川反戦ビラ撒き事件は、反戦気運の押さえ込みのために行われた弾圧だといわれている。歴史は繰り返している。

小さな権力が大きな権力を支える

 国家、警察レベルでの権力行使はもちろんだが、私たちに身近な家庭、職場、学校、町内会でも様々な権力行使が行われている。身近なレベルで、情報と力を持った人間の横暴を見過ごさない生活を取り戻し、全国的に張り巡らすことが更に大きな権力の不正を許さない力になる。身近で物を言えない状況が権力乱用国家を支えている。「安心・安全な街づくり」を合言葉に、警察は更に住民の中に入り込み影響力を及ぼそうとしている。

 「安心・安全」という抽象的な言葉は、人によって受け取り方が全く違う。故にそれぞれがそれぞれの概念で受け止め、容易に受け入れてしまう危険を伴っている。少し前は「美しい日本」という言葉だった。今は、「安心・安全」だ。

 権力の中枢にいる人間が意識的に多く使う抽象的な言葉には注意が必要だ。国民をある方向に持っていくために、抽象的な事柄を利用していくという手段も歴史的に繰り返されている。「安心・安全」の言葉の下に何が起こっているのか。抽象的な言葉で説明されるものを、その言葉によって起きている具体的な内容に置き換えて検証する。確信犯的に使っている一部の人間と、確信犯的ではないが使っている人間。両者を見分けて、慎重、誠実に、言葉を選び会話を持つ。「安心・安全」と言われれば、それ以上、ものが言えない雰囲気がすでに地域住民の中に作られつつある。逆に「安心・安全」の言葉に過剰反応して、会話をもてなくなっていることもある。その人の心の中に作られてしまった「安心・安全」とは何なのかを問う。私たちの言葉の力が問われている。

 警察組織の中で、それぞれが一定の権力を与えられながらも、自分よりもさらに大きな権力には忠実に従うたくさんの「ポチ」たち。自らの過ちを都合よく解釈し反省することを知らない「ポチ」たち。「ポチ」として忠実に頑張ってきたのに、組織防衛の為にあっけなく死を突きつけられる「ポチ」たち。さて、10・24免状等不実記載弾圧には一体どんな、そして何人の「ポチ」がいたのだろうか。

(O・K)

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