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2009年10月1日、中華人民共和国は建国60年を迎えた。封建制を打倒し、列強諸国の侵略に抗い、軍閥支配を終わらせ、日本帝国主義をたたき出し、国民党を台湾へ追いやった中国民衆と中国共産党の勝利は全世界の人民の勝利として歴史に刻み続けられている。あれから60年、中国は大きく変容した。以下は現在の中国を階級矛盾と社会闘争の立場から論じたものである。香港・先駆社のウェブサイトより。文中の通鋼事件についてはこちらを参照。中国民衆との連帯を!東アジア民衆との連帯を!世界のたたかう民衆との連帯を!(H)
 
 階級闘争 威風堂々と(上) 
 通化鉄鋼、林州鉄鋼事件から考える 
小徐
原文


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機動隊と対峙する通鋼労働者
 
8月11日の『瞭望』(新華社発行の週刊誌)に掲載された文章は、通化鉄鋼(以下、通鋼)事件が「労使矛盾が『臨界点』に達している」ことを示すものだと指摘している。なぜならそれは「一つには労働者の自発的な大規模集団行動、二つには労使衝突における暴力化の傾向」という二つの特徴を有しているからだと言う。

この文章は、第三の特徴については述べていない。それは、労働者が集団的な実力行動を通じて勝利し、「四年も解決できなかったことが三時間で解決した」ということである。長年来の労働者による苦難の闘争が導き出した総括、すなわち「大きく騒げば大きく解決し、小さく騒げば小さくしか解決しない、全く騒がないと全く解決しない」を裏付けるものである。通鋼労働者の勝利は、濮陽市の林州鋼鉄公司の労働者を鼓舞した。かれらは市の国有資産管理委員会の副主任を軟禁して、会社と市委員会の譲歩を引き出し民営化政策を放棄させた。(訳注)
 
『瞭望』は通鋼事件を「わが国の労使関係発展の象徴的事件である」と論評している。だがその意義はそれだけに止まるものではない。
 
(訳注:今年八月、河南省濮陽市林州鋼鉄公司の労働者と家族四千人が、国有資産の売却、解雇およびその補償額などに対する不満から4日間にわたり抗議行動を行い、工場のゲートを封鎖し、役人を軟禁した。五千人の警官隊と対峙した後、当局が企業売却計画を凍結した。)

 
他の階級を圧倒する共産党政権
 
六十年前の革命の勝利は、政権交代をしてきた支配者が不可避的にとりつかれる思い込みを中国共産党にも抱かせることになった。すなわち歴史の発展を支配することができる、という思い込みである。そしてこの党は、これまでのどの支配者よりもその思い込みが強い。「現代化」という総目標から見ると、中国における工業化促進の方法は粗暴的であるが、六十年後の今日、それは確かに成功したといえるだろう。その代償がいかほどのものかについては語らず、その選択肢が社会主義に忠実であるかについても、この政党にとっては根本問題ではないようではあるが。総じて、ソ連邦崩壊のような存亡の危機を回避した共産党の支配下にある中国は、米英でさえも機嫌を取るほどの大国となった。
 
階級的観点からすれば、それはさらに威風堂々として周囲を圧倒し、すべての階級が中国共産党の足下にひれ伏して祝福している。共産党が地主階級とブルジョア階級を消滅させようと思えば、そのとおりになった。今度はブルジョアジーを復活させようと思えば、それは階級として復活を果たした。共産党が労働者階級を「主人公」に封じれば、労働者階級は喜んだ。共産党が官僚ブルジョアジーのために資本主義を復活させると、労働者階級は二重の苦難を奉じることとなった。六十年来、共産党は一切の階級の上に君臨し、まるで粘土をこねるようにそれぞれの階級のモデルをつくりあげ、ときにはモデル自体も解体してしまった。復活した私的資本が官僚資本家よりも功績をあげたとしても、その自主的組織は一切認められない。資本主義復活は当然にもいくばかの隙間をもたらし、権利擁護を求めるNGOなども登場し始めた。しかし特務機関の監視の下、常に消滅の淵にあるか、あるいは一切の自主性を発揮することができないかのどちらかである。民間の自主組織を消滅させるということについて言えば、中国共産党はこれまでのどの専制主義的王朝をも上回っている。
 
ピークに達する階級矛盾
 
だが、中国共産党がいかに強大であっても、本当に歴史を支配することはできない。自らが搾取階級に後退してしまった後においてはとりわけそうである。その専制主義的性質から、何をするにしても徹底してやりつくす(自らに対する規律の強化を除いて)。それゆえ全国の労働者農民に対する搾取もピークに達している。だがこの状況はまた、階級矛盾が不断に先鋭化するしかないことをも規定している。それは、古い言葉でいえば、かれらの意志から独立したものなのである。いまでは、中国の街頭で役人と庶民のいざこざを目撃した人のほとんどは、事件の詳細を知るまでもなく役人のほうが悪いと直感するようになっている。これについては調査や研究の必要などなく、真剣に思考をめぐらせる必要もなく、そう言えるのである。これが官僚と民衆の矛盾の調和が不可能な兆候である。
 
この党は自らを万能であると考え、労働者人民を絶境に追いやり、結社の自由と言論の自由を圧殺しさえすれば、永遠に労働者人民をどうにでもできると考えている。だがここ十年来の経験は、結社の自由がなくとも、労働者人民の抵抗は各地で発生し、ストライキを制限する政府の法律を実質的に打ち破りつつあることを物語っている。この十年、政府はそれらのストライキを、実質的な影響力を持ったり地域へ拡大しないよう制限することで満足してきた。だが通鋼の暴力事件は、影響力の拡大を制限することがますます困難になっていることを明らかにした。
 
この事件以前において共産党は、国有企業労働者の抵抗はとっくに片付け終わったと考えていたことだろう。出稼ぎ労働者の抵抗は、あちらこちらで発生はしているが、起きては沈み、大きな影響力を持つことはほとんどなかった。都市にルーツを持たない出稼ぎ労働者は、一体化した階級意識を打ち固めることが難しく、それゆえ異郷での仕事のために一切をなげうって抵抗することも難しかった。このような事情から中国共産党は、国有企業労働者であろうと出稼ぎ労働者であろうと、その抵抗に対して、軽々しくは考えてはいないものの、「一切の不安定要素は萌芽状態において取り除く」ことが可能であると考えていた。よもや、国有企業労働者の抵抗が捲土重来し、その勢いも拡大するなどとは考えてもいなかったのである。国有企業労働者の抵抗は、いったん拡大すればその影響力はきわめて大きい。それらの企業は往々にしてその地域における大型企業であり、労働者はコミュニティーを基盤としていることから団結力も強い。ストライキの影響が拡大すれば、現地の政治と経済に対する影響は大きなものとなる。
 
もし今後、国有企業の労働者と出稼ぎ労働者の闘争が肩を並べて発展すれば、その影響力は非常に大きなものになるだろう。短期的には、孤立したエピソードとしての通鋼事件が労働運動高揚の前触れとなるかどうかの判断は難しい。だが長期的には、抵抗運動の高揚は不可避である。ついでにいえば、それは官僚専制主義に対する必然的反発である。この間、中国共産党は、若干の民衆優遇策で階級矛盾の調和を図ろうとしている。部分的には一定程度の効果がある可能性は排除できないが、根本的には何ら問題を解決することはできない。なぜなら、部分的改良の政策は、すべて官僚機構を通じて実施されるが、それは強盗に金庫番を頼むようなものである。官僚は常に次のことを忘れているか、思い出したくないようである。官僚機構それ自身が問題解決の方法ではなく、問題の所在であるということを。結局、たとえ当局がどれだけ結社の自由を制限したとしても、階級闘争はやはりその路を自ら切り開く。これこそが通鋼事件の示したことである。
 
つづく

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