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 1966年、清水市(現静岡県静岡市清水)で味噌製造会社専務の自宅が放火され、一家四人が殺害された事件が起きた。この袴田事件と言われるようになった静岡地裁担当主任裁判官であった熊本典道さんが三年前、「袴田巌死刑囚を有罪とする証拠が不充分だとして無罪を主張し、一審死刑判決に反対したが多数決で死刑判決を書かざるをえなかった。今でも袴田さんは無罪だと確信している」ことを明らかにした。この報道を知り、大きな衝撃を受けた。当時の狭山集会でもこのことが大きく取り上げられ、袴田事件の再審は確定的になったと思った。しかし、再審は棄却され現在第二次再審闘争が行われている。



 私は静岡県出身ということで、島田事件(静岡県島田市)の赤堀元死刑囚が再審無罪を勝ち取ったこともあり、清水で起こった袴田事件を知った後はどうなるのだろうと書籍なども読み関心をもっていた。

 今回、袴田事件を扱った映画が5月29日封切られるというのでさっそく観た。袴田事件には物証がほとんどなく、自白調書に依存したものであった。味噌工場従業員の中で唯一「遠州者」というよそ者、柔道二段の専務と争える「ボクサーくずれ」そして、少々の借金がある。そんな偏見により、警察は初めから袴田さんを「犯人」としてきめつけ、ウソの自供を引き出す。そうした捜査に疑問を抱いた熊本裁判官はその自白調書を丹念に調べていくと、自白内容がころころ変わり、殺す目的も変わっている。毎日十時間以上にもわたる長時間の拷問的取り調べが自白を強要したと気づく。40数通の自白調書の内、ただ一通の検事調書のみが証拠として採用さるのみだった。もし、取り調べの可視化が導入されていたなら、確実に袴田さんは無罪になったと取り調べのひどさに怒りを覚えた。

 袴田さんの血のついたパジャマの血液鑑定では微量のために血液型が判明できなかった。犯人とされる物証がなくなった。追いつめられた清水署は殺害の証拠とされた血のついた衣類を一年後に、一度徹底的に捜索された味噌樽から発見した。その衣類を袴田さんのものと結びつけたズボンの共布が袴田さんの実家から
発見したとする。この発見された衣類を東京高裁では裁判官・検察・弁護人の立会いのもと袴田さんにはかせようとするが小さすぎてはいらない。本来ならこの「証拠」も不採用しかないものだった。こうした手法が実に狭山事件の万年筆のデッチアゲと共通しているのに驚かされる。

 この映画は袴田さんの無罪を確信しながらも、多数決によって死刑の判決文を書かざるをえなかった熊本さんの苦悩を追ったものだ。「俺は殺人犯と一緒っちゃ…俺を死刑にしてくれんね」という熊本さんの内的葛藤。そして、裁判官をやめて、袴田さんの無実を証明しようと証拠を再度検証し、それを匿名で弁護士に届け続けた熊本さんの行動が、袴田事件がえん罪であることを強く印象づけている。萩原聖人が真面目で節を曲げられない熊本さん役を演じ、新井浩文が田舎育ちで、無口でボクシングに打ち込む袴田巌さん役を好演し、映画に深みを持たせている。

 静岡県の訛りがとてもなつかしく、親近感をいっそう深くしてくれた。さらに驚いたことに、一審の裁判所内でのやりとりで、検事役として(一言も発することなくただ座っていたが)いわきのTさんが映し出されたことである。後でパンフレットを読むと配役の名前には出てこないが、いわき市のいろんな団体が協力しているのでそんな関係者の一人として役をかって出たのだろう。

 狭山事件は1963年に起こり、袴田事件は1966年だ。袴田巌さんは死刑がいつ執行されてもおかしくない状況に二十二年間も置かれている。袴田さんには拘禁症状が現れるようになり、「自分には姉はいない」として、お姉さんの面会も拒否するようになっている。この映画の反響が袴田さんの再審無罪につながるように強く願う。それとともに、昨年始まった裁判員制度によって、一般人が熊田さんのように、死刑に加担させられることもありうるのだ。この映画は「あなたなら、死刑といえますか?」と問うている。(滝)

渋谷ユーロスペース、銀座シネパストにて、ロードショウが上映されている。

公式ホームページ
http://www.box-hakamadacase.com/

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